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2015年10月9日金曜日

伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

伊勢および志摩の一部には、「菊花紋章」と「六芒星」の刻まれた石燈籠が多数設置されています。

この灯篭は一体何のために設置され、何を表しているのでしょうか?その謎について考察してみようと思います。

菊花紋章と六芒星

菊花紋章とは?

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

菊花紋章(きくかもんしょう)とは、皇室の紋章であり日本の国章として知られており、皇室にまつわる社寺や日本国のパスポートなどに使用されています。

一般的には「菊花紋(きくかもん)」や「菊の御紋(きくのごもん)」と呼ばれており、「菊(キク)の花弁を図案化したもの」というのが定説となっています。しかし、植物としての菊(キク)には花弁が16枚の種類は無く、菊をモチーフに図案化したと言う説には疑問符が残ります。

一方、菊花紋章には「太陽を象徴したもの」という説もあります。この説においては、日本神話より皇室の氏神とされる天照大神(アマテラス)が日の神(太陽神)であることや、初代天皇である神武天皇が自らを「日の神の子孫」と称していることから、天皇家が太陽を模った紋章を使用することは至極自然であると言えます。

また、我が国の国号である「日本」は太陽(日の出)を意識しているとされ、日本の国旗「日の丸」は太陽を象徴しているとされています。これは、日本人の古代信仰である自然崇拝・精霊崇拝のころから太陽を信仰していたことに由来していると考えられ、日本では近年まで太陽を拝む風習が一般的だったとされます。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
日の丸(太陽を象っている)

そのほか、日本の美称として「日出ずる国」という呼称もあることから、日本は太陽が昇る国であるとされていたことが分かり、日本人にとって重要視されていた「太陽」が日本の国章である「菊花紋章」となったと捉えても、また自然であると言えます。

よって、個人的には後者の説を正しいと考えます。

なお、この紋章は皇室に限らず世界中で発見されています。その代表的なものにエルサレムのヘロデ門が挙げられますが、それに限らずエジプトのツタンカーメンの墓の副葬品からも出てきており、そのほかペルシア(イラク)、ギリシア、ローマ、バビロニア、マヤ(メキシコ)などでも発見されているため、日本独自の紋章であるとは言い切れないという指摘もあります。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
ヘロデ門

これについて、世界中に残る多くの神話では「太陽神」が最も信仰されているという共通点があり、かつ、アニミズム的な自然信仰においても「太陽」は最高位に当たる天体とされているということが指摘できます。

そのため、古代では太陽を崇める象徴として扱われてきたシンボルであるという考え方もできます。

また、古史古伝の『竹内文書』においては、古くは世界は1つであり 1柱の天皇によって治められていたとされ、その当時、天皇は世界を日本を中心に16分割し、15柱の皇子と1柱の皇女を主要な地域に派遣して守らせていたとされています。「菊花紋章」は その16の地域の象徴として16花弁であるとされ、「日の丸」は太陽の国の象徴であるとされているようです。

なお、『竹内文書』については下記のビデオを参考にしています。


六芒星とは?

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

六芒星(ろくぼうせい)とは、現在ではイスラエルの国旗にあしらわれるシンボルであり、青色の六芒星は「ダビデの星」と呼ばれて17世紀以降、伝統的にユダヤ人を表わす記号として定着しているとされています。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
イスラエルの国旗

しかし、それよりも古くから存在したシンボルでもあり、西洋では「ヘキサグラム」と呼ばれて「魔除けのシンボル」として扱われており、錬金術においては「賢者の石」を象徴するとされています。

一方、日本においても古くから存在した「籠目」と呼ばれる「籠の目を象徴したシンボル」であり、「魔除け」として用いられていたとされています。後に家紋としても用いられるようになり、江戸時代には小宮氏、曲淵氏の家紋とされ、ケチャップで知られる「カゴメ」のロゴマークとしても使われていたそうです(ちなみに麻を象徴した「麻紋」も類似した形をしています)。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
籠目
人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
籠目紋
人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
カゴメのロゴ

上記の通り、「六芒星」には呼称や意味合いが数多くありますが、本来は「『能動的原理』を表す正三角形(△)」と「『受動的原理』を表わす逆三角形(▽)」を組み合わせた図形とされ、それは「男と女」、「光と闇」、「火と水」、「創造と破壊」などの「相反する要素の調和(陰陽和合)」を象徴しているとされています(フリーメイソンのシンボルの「コンパスと定規」も、これに相当するとされます)。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
フリーメイソンのシンボル

なお、京都の丹後地方にある元伊勢籠神社の絵馬には籠目の中に「太陽」と「」が描かれており、奥宮の真名井神社の石碑には以前まで六芒星(籠目)が刻まれていたとされています(現在は巴紋が刻まれている)。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
籠神社の絵馬
人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
真名井神社の石碑

菊花紋章と六芒星の考察

2つの天孫降臨

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

天孫降臨(てんそんこうりん)」とは、天照大神(アマテラス)の子孫である「天孫」が国譲りを経て、高天原(天上)から葦原中国(地上)に天降ったことを指します。これは『記紀』にも神話として記されていることです。

なお、『記紀』には天孫である「邇邇藝命(ニニギ)」が日向の高千穂に天降り、そこで妻を娶って子を儲けたと記され、正史においては天孫から続く系譜が天皇家の歴史として現在まで続いているとされています。

しかし、『先代旧事本紀』には天孫降臨が二度記されており、天降った天孫は「饒速日尊(ニギハヤヒ)」と「邇邇藝命(ニニギ)」であるとされ、両神ともにアマテラスの子である「オシホミミの子(天孫)」という点で共通しています。

そして、兄のニギハヤヒは天孫の印である十種神宝を持って「河内の哮峯(大和)」に天降り、後に弟のニニギが天孫の印である剣と鏡を持って「日向の高千穂(九州)」に天降ったと記されています。

なお、上記と同様の伝承が京都の丹後地方にある元伊勢籠神社にも伝えられています。

籠神社の社伝によれば、主祭神の彦火明命(ホアカリ)はニニギの兄に当たり、「豊受大神(とようけのおおかみ)の籠った神鏡を持って丹後に天降った」とされ、弟のニニギは「アマテラスの籠った神鏡を持って日向の高千穂に天降った」とされています。

なお、ホアカリは別名を、天火明命・天照御魂神・天照国照彦火明命とも云うとされ、ニギハヤヒの正式名称である天照国照彦天火明櫛玉饒速日命と同神であると言う説があります。

「籠神社社伝」と『先代旧事本紀』の内容はやや異なるため、「彦火明命=饒速日尊」と断定するのは少々強引だと思われますが、日本で最も格式の高い神社である伊勢神宮に「豊受大神」と「天照大神」がともに祀られているということは、ホアカリが地上に天降っていた証であると言えます。

つまり、皇室の前身となる「天孫」は2柱存在しており、それぞれが別々に天降った地を開拓し、そこで祀った祖神を現在の伊勢神宮で併せて祀っていると考えられます。

よって、「天孫降臨」は「ホアカリ(ニギハヤヒ)」と「ニニギ」による2パターン存在すると言えるでしょう。

菊花紋章と六芒星(籠目)の指すものとは?

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

「菊花紋章」は上記の説明で示した通り、東西問わず世界中で見られるシンボルであることから世界共通の象徴であり、かつ、地上を等しく照らす「太陽」を象徴しているものと考えられます。

また、日本における日の神の子孫である天皇の象徴とも言えるでしょう(『竹内文書』の内容を付加するのであれば、世界を全ていた神を指し、一神教における唯一神を指すとも言えると思います)。

「六芒星(籠目)」は「相反する要素の調和」を指すとされていることから、伊勢においては2柱の天孫(ホアカリ・ニニギ)および、それぞれが奉った「豊受大神(外宮祭神)」と「天照大神(内宮祭神)」と考えられます。

また、「菊花紋章」と「六芒星(籠目)」は併せて2要素と考えられますが、深読みすれば「○(太陽)」+「△(能動性)」+「▽(受動性)」の3要素であるとも考えられます。

志摩市にある伊雑宮では、かつて「伊雑宮が日神を祀る社であり、内宮・外宮は星神・月神を祀るものである」と主張がされていたことから、伊勢神宮は実は「伊勢の神宮(内宮外宮」と「志摩の神宮(伊雑宮」の併せて3要素が存在するとも言えます。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
内宮
人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
外宮
人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
伊雑宮

なお、日本には古来より「日月星(にちげつしょう)」という3要素があり、三種の神器三貴子などもこれに当てはまるとされています。ちなみに、三種の神器で言えば「八咫鏡(日)、八尺瓊勾玉(月)、草薙剣(星)」であり、三貴子で言えば「アマテラス(日)、ツクヨミ(月)、スサノオ(星)」に当たるとされています。

人文研究見聞録:アマテラスのイメージ
アマテラス(日)
人文研究見聞録:ツクヨミのイメージ
ツクヨミ(月)
人文研究見聞録:スサノオのイメージ
スサノオ(星)

これを伊勢・志摩の神宮に当てはめると、内宮では「日(太陽)を象徴する天照大神」、外宮では「月を象徴する豊受大神(真名井神社では月神とする伝承がある)」となりますが、伊雑宮では素戔嗚尊(スサノオ)は祀られていません

ですが、伊雑宮付近にある「磯部神社」にはスサノオが祀られています。また、この神社は古くから伊雑宮の神職によって奉祀されてきたとされ、伊勢神宮と同様に20年毎に社殿を建て替える「式年遷宮」も行われるとされています。なおかつ、神社の境内にも この石燈籠が建てられており、ここから御幸道路まで繋がっているとも考えられます。

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)
磯部神社

よって、ここに伊勢と志摩を繋ぐ「日月星」の3要素が成立します。

また、磯部神社には「櫛玉命(クシタマ)」という神も祀られており、この神は『伊勢国風土記』において「伊勢」の由来となった「伊勢都彦命(イセツヒコ)」という神の別名であり、他に「出雲健子命(イヅモタケコ)」という別名もあるとされます。そのため、この神は出雲系の神であることが分かります。

また、櫛玉命は「饒速日尊(ニギハヤヒ)」の別名ともされ、ニギハヤヒにはスサノオの子・大歳神(オオトシ)と同神という説もあることから、志摩と出雲を繋ぐ神であるとも考えられます。故にここでも三貴子の中で出雲にまつわるスサノオの存在が浮上するわけです(なお、ニギハヤヒには「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」という神名もあることから、志摩の神宮・伊雑宮の主張ともある意味一致する)。

上記のことから、この石灯篭伊勢・志摩の神宮に三貴子が祀られていることを示唆しており、それを暗示する象徴として志摩から伊勢まで続いているのではないでしょうか?

中山市朗著『捜聖記』より

日ユ同祖論について

人文研究見聞録:伊勢神宮の石燈籠(菊花紋章と六芒星の謎)

「日ユ同祖論」とは、日本人とユダヤ人(古代イスラエル人)は共通の先祖を持つ兄弟民族であるという説であり、明治期に貿易商として来日したスコットランド人のニコラス・マクラウド(ノーマン・マクラウド)によって提唱されたことが起源とされています。

Wikipediaの日ユ同祖論のページにある情報を取って見ても、日本文化および神話と聖書の類似性などは否定しきれないものであり、この「菊花紋章」と「六芒星」の刻まれた石燈籠はその根拠の一つとして挙げられています。

しかし、日ユ同祖論以前に「世界中に点在する神話」と「日本神話」の内容には相当な共通点があり、むしろ『竹内文書』に記される「かつては世界はひとつだった」という内容の方がかえって信憑性があります。

ですが、『竹内文書』はいわゆる眉唾物の書物であるため、公には正式な史書とは認めらておらず、アカデミズムにおける歴史学の場では、正式に認められた文献を以って検証・議論されているのが現状です。

ただ、世界の神話を読み合わせてみれば、その共通性には誰でも気付くことでしょうし、実際に神社や寺院および史跡を巡って見れば、眉唾物の史書に記されるような奇妙な要素を発見することも多々あります。

よって、アカデミズムで結論付けられる答えが絶対に正しいと言うことはできません。そうした定説の穴を突いた異説が「日ユ同祖論」のような都市伝説なんだと思います。

また、日本にはそうした噂話にもなっていないような謎が未だに数多くあると個人的に思っています。

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