2015年9月21日月曜日

真名井神社(眞名井神社) [京都府]

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

京都府宮津市にある真名井神社(まないじんじゃ)です。

古称を吉佐宮(よさのみや)と言い、別名 豊受大神宮・比沼真名井・外宮元宮・元伊勢大元宮とも呼ばれています。

天橋立の北側に鎮座する籠神社(このじんじゃ)の奥宮であり、本来この地が本宮だったとされています。

創祀は神代にまで遡り、古史に記される神話の中にも登場する神聖な場所です。

そのため、伊勢神宮と同様にパワースポットを超える日本屈指の聖域として知られています。

籠神社についてはこちらの記事を参照:【籠神社】

※2015年現在、神門より先の境内の撮影は禁止されています(近年まで可能でした)。そのため、撮影禁止エリアについては禁止される以前に撮られたウィキメディア・コモンズのパブリックドメインの画像を拝借しています。


神社概要

由緒

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

社伝によれば 創祀は神代に遡り、籠神社の主祭神である彦火明命(ホアカリ)が豊受大神の籠った神鏡を持って丹後の地に天降り、丹後・丹波地方を開拓して豊受大神を祀ったことに始まるとされています。一方、その弟に当たる邇邇芸命(ニニギ)は、天照大神の籠った神鏡を持って、日向の高千穂に天降ったとされます。

いわゆる天孫降臨は2パターンあり、兄・ホアカリは丹後へ、弟・ニニギは高千穂へ天降ったということですね。なお、古伝の『先代旧事本紀』にも同様の記述があり、彦火明命(ホアカリ)は天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(ニギハヤヒ)という神名でも記されています。

それ以後、匏宮(よさのみや)と呼ばれて 現在の真名井神社のある地に鎮座し、第4代懿徳天皇の時代(BC.507年)には「藤祭」という祭礼が始まったとされています。そして、第10代崇神天皇の時代(BC.59年)に豊鋤入姫命(トヨスキイリヒメ)によって天照大神が4年間祀られたとされています。

その後、第21代雄略天皇の時代(AD.478年)、天皇が天照大神の神託を受けて豊受大神が外宮に遷宮され、第29代欽明天皇の時代(AD.539~571)に「藤祭」を「葵祭」と改め、第40代天武天皇の時代(飛鳥時代)に宮名を「真名井社」に改名したとされています。

そして、第44代元正天皇の時代(AD.719年)に籠神社が籠宮として現在地に遷宮されたため、現在は籠神社の摂社とされています。しかし、籠神社に至るまでの歴史が古く、信仰も丹後に根付いているため、籠神社を凌ぐ聖域として参拝者が絶えないと云われています。

祭神

真名井神社の祭神は以下の通りです。

主祭神(磐座主座)

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

・豊受大神(とようけのおおかみ):丹後の最高神・総氏神であるとされる
 → 別名を天御中主神(アメノミナカヌシ)、国常立神(クニノトコタチ)とも言う(「籠神社社伝」)
  ⇒ その顕現の神を豊宇気毘売神(トヨウケビメ)・豊受比売(とようけひめ)とも言う(「籠神社社伝」)
 → 籠神社主祭神・天火明命(彦火明命)の天孫降臨の際に共に天降ったとされる(「籠神社社伝」)
 → 第21代雄略天皇が天照大神の神託を受けて、伊勢に遷宮したとされる
  ⇒ 伊勢の豊受大神宮(伊勢外宮)の主祭神
  ⇒ 天照大神の食事を司り、御饌津神(みけつかみ)とも言う
 → 食糧を司る神であることから、稲荷神として祀られる神々と同一視されることもある
  ⇒ 倉稲魂命・宇迦之御魂(ウカノミタマ)、保食神(ウケモチ)・大宜津比売命(オオゲツヒメ)

相殿神

・罔象女命(ミズハノメ):水を司る原初の神
・彦火火出見尊(ヒコホホデミ):海幸山幸神話の山幸彦、ホオリとも呼ばれる(神武天皇の祖父に当たる)
・神代五代神(かみよいつつよのかみ):大戸之道尊(オオトノジ)・大苫辺尊(オオトマベ)か?

磐座西座(日之小宮)

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・天照大神(アマテラス):皇室の祖神
・伊射奈岐大神(イザナギ):国産み神産みの男神であり、天橋立を立てたとされる
・伊射奈美大神(イザナミ):国産み神産みの女神

磐座奥座

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・盬土老翁(シオツチノオジ):「日本神話」に登場する神であり、山幸彦や神武天皇に助言した
 → 社伝によれば、豊受大神・大綿津見神・住吉神に神格が含まれるとされる
・宇迦之御魂(ウカノミタマ):稲荷大神である
・熊野大神(くまのおおかみ):須佐之男神(スサノオ)とされる
・愛宕神(あたごしん):愛宕山の山頂に鎮座するとされる神
 → 社伝によれば、稚産霊神・伊弉冉尊・埴山姫命・天熊人命・豊受姫命・雷神・迦遇槌命とされる

磐座信仰と祭神

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社には本殿は無く、磐座(いわくら)と呼ばれる巨石を神が宿る神体として、巨石を直接祀っています。

これは磐座信仰(いわくらしんこう)と呼ばれる祭祀であり、古代の形容を現在に残している貴重な場所です。

また、ここで祀られている主神は、日本原初の最高神と同名とされ、最高の神格を持つ神であるとも云われています。

それに因んで、伊勢神宮と同様に日本屈指の聖域として知られるようになったそうです。

しかし、パワースポットブーム以来、神域を汚す観光客が多く、現在は磐座の前に垣が設けられるようになりました。

そのため、近くで参拝することはおろか、写真撮影自体が禁止されています。

それほど神聖な場所ですので、軽率に振る舞えば神罰が下り、敬虔の念で参拝すると神助が得られるとされています。

豊受大神について

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

豊受大神(とようけのおおかみ)は、一般的には食糧を司る神として『古事記』に登場する豊宇気毘売神(トヨウケビメ)に比定され、伊勢神宮の豊受大神宮(伊勢外宮)の祭神として知られています。

しかし、籠神社の社伝によれば、別名を天御中主神(アメノミナカヌシ)、国常立神(クニノトコタチ)とも云い、豊宇気毘売神(トヨウケビメ)は豊受大神が顕現(姿を現した形)であると伝えられています。

天御中主神(アメノミナカヌシ)とは、『古事記』において最初に現れたとされる神です。

国常立神(クニノトコタチ)とは、『古事記』では最も尊いとされる「別天津神(ことあまつかみ)」の後に現れた神代七世の筆頭の神であり、『日本書紀』においては最初に現れた神として記されています。

籠神社では上記の原初の神々と同神と伝えられていることから、天照大御神(アマテラス)を凌ぐ神格を持つ神であるという可能性があります。

天照皇大神は伊勢内宮の神、豊受大神は伊勢内宮の神として知られていますが、伊勢の参拝順としては外宮 → 内宮という順で参拝する仕来りになっていることから、古くから外宮の神の方が神格が高いのではないか?と云われていました。

これを、「日本神話」と籠神社の社伝に照らし合わせてみれば見事に符号が一致します。

さらに神代文字(ヲシテ)で記された古史古伝である『秀真伝(ホツマツタヱ)』によれば、豊受大神とされる「トヨケ」という神がイサナミの父として登場しており、天地開く神である初代クニトコタチことミナカヌシの転生であると記されています。

そのため、真名井神社の磐座に鎮まる豊受大神は、日本で最も神格の高い神様なのかもしれません。

※別天津神(ことあまつかみ):「日本神話」の天地開闢の際に現れた5柱までの神であり、天津神よりもさらに尊い特別な神とされる
伊勢内宮で祀られるアマテラスの神名は、厳密に言えば「天照皇大神(あまてらすすめらおおかみ)」である

境内の見どころ

一の鳥居

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の一の鳥居です。

籠神社から真名井神社へ続く参道を進むと石造の神名鳥居(伊勢鳥居)があります。

縄鳥居

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の縄鳥居です。

神社入口には柱に注連縄の張られた鳥居があります。

真名井神社石碑

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の石碑です。

よく見てみると分かるのですが、「三つ巴」の神紋が不自然にハメ替えられた様になっています。

これについては、かつて六芒星形の「籠目紋」であり「日ユ同祖論」の物証として一時期話題になっていました。

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]
現在の石碑(三つ巴)
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過去の石碑(籠目紋)

しかし、2013年あたりから現在の「三つ巴」に差し替えられ、籠神社からも「籠目紋」は撤去されています。

一説には石碑の下に財宝があるとして掘った輩がいたため、このようになったとされていますが真相は不明です。

※日本人と古代イスラエル人の祖先が同一の祖先であるという都市伝説

狛龍

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]
阿行
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吽行

真名井神社の鳥居前には狛龍(こまりゅう)が配置されています。

これは、丹後の「龍神信仰」に因むものだと考えられます。

真名井原縁起

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の入口にある真名井原縁起(まないはらえんぎ)です。

古代の丹後にまつわる古伝が記されています。

御神水・天の真名井の水

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の入口にある天の真名井の水(あめのまないのみず)です。磐座から水が湧きでています。

この水は、海部家三代目の天村雲命(あめのむらくものみこと)が天上に昇り、高天原で神々が使用する「天の真名井の水」を黄金の鉢に入れて地上に持ち降り、その霊水を真名井原の磐境(いわさか)の側に湧き出る泉に遷したことに由来するとされています。そして、豊受大神への神饌の水(供物)としたんだそうです。

そのため、神に供えるための神聖な水として霊験あらたかであるとされています。また、この神水は、豊受大神の遷宮の際に、伊勢外宮の上御井神社の井戸に遷されたと伝えられているそうです。

真名井水神社

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の入口にある真名井水神社(まないみずじんじゃ)です。

天の真名井の水を汲み出す施設になっており、社殿の下には蛇口が付いています

水みくじ

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井水神社にある水みくじです。

水に浸けると結果が浮かび上がってくる不思議なおみくじとなっています。

真名井原・波せき地蔵堂

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の入口にある波せき地蔵堂(なみせきじぞうどう)です。

飛鳥時代末期(約1300年前)に起きた大地震の際、津波が押し寄せたのをここで切り返したと伝えられています。

そのため、天災地変から守護する霊験と、子育て、病気除けに御利益があるとされています。

拝殿

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の拝殿です。

現在はここから鉄柵で塞がれているため、ここで奥の磐座へ参拝するようになっています。

なお、このほかの磐座用にも拝殿が設けられ、付近には産盥(うぶだらい)と呼ばれる磐座があります。

また、境内には大小様々な磐座が多数点在しています。

天磐船

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の天磐船(あまのいわふね)です。

西に祀られている磐座を日之小宮(ひのわかみや)と云い、この磐座を横から眺めると船の舳先のように見えることから「天磐船」とも呼ばれているそうです。

なお、『先代旧事本紀』によれば、籠神社の主祭神である彦火明命(ホアカリ)こと饒速日尊(ニギハヤヒ)は、天磐船に乗って河内国の河上の哮峯(いかるがみね)に天降ったとされており、場所は違えどコンセプトは一致します。

このことから、磐座として祀られる巨石は神の乗物だったとも考えられますね。

なお、この磐座にはイザナギ・イザナミの夫婦神が仲良く祀られていることから、鶺鴒石(せきれいいし)とも呼ばれているそうです。

磐座群

人文研究見聞録:真名井神社(眞名井神社) [京都府]

真名井神社の境内には大小多数の磐座が点在しています。

写真は入口に安置されている磐座です。

料金: 無料
住所: 京都府宮津市江尻
営業: 終日開放
交通: 天橋立駅(徒歩52分)

公式サイト: http://www.motoise.jp/

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