2015年9月20日日曜日

元伊勢籠神社 [京都府]

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

京都府宮津市にある籠神社(このじんじゃ)です。

天橋立の北側に位置しており、伊勢神宮の前身である元伊勢の一社であるため、「元伊勢籠神社」とも称されます。

そのほか、「元伊勢根本宮」、「内宮元宮」、「籠守大権現」、「籠宮大明神」などの呼称もあるそうです。

創建は奈良時代とされますが、もとは境外摂社の奥宮・真名井神社の創祀に始まるとされ、その起源は神代まで遡るとされています。そのため、日本最古級の神社であると言っても過言ではないでしょう。

そのため、現在では丹後半島を代表する観光地とされる一方、日本屈指の聖域としても有名です。

真名井神社、伝説についてはこちらを参照:【真名井神社】【籠神社の神話・伝説】


神社概要

由緒

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

社伝によれば 創祀は神代に遡り、主祭神の彦火明命(ホアカリ)が豊受大神の籠った神鏡を持って丹後の地に天降り、丹後・丹波地方を開拓して豊受大神を祀ったことに始まるとされています。一方、その弟に当たる邇邇芸命(ニニギ)は、天照大神の籠った神鏡を持って、日向の高千穂に天降ったとされます。

いわゆる天孫降臨は2パターンあり、兄・ホアカリは丹後へ、弟・ニニギは高千穂へ天降ったということですね。なお、古伝の『先代旧事本紀』にも同様の記述があり、彦火明命(ホアカリ)は天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(ニギハヤヒ)という神名でも記されています。

それ以後、匏宮(よさのみや)と呼ばれて 現在の真名井神社のある地に鎮座し、第4代懿徳天皇の時代(BC.507年)には「藤祭」という祭礼が始まったとされています。そして、第10代崇神天皇の時代(BC.59年)に豊鋤入姫命(トヨスキイリヒメ)によって天照大神が4年間祀られたことから、元伊勢と称されています。

その後、第21代雄略天皇の時代(AD.478年)、天皇が天照大神の神託を受けて豊受大神が外宮に遷宮され第29代欽明天皇の時代(AD.539~571)「藤祭」を「葵祭」と改め第40代天武天皇の時代(飛鳥時代)宮名を「真名井社」に改名したとされています。

そして、第44代元正天皇の時代(AD.719年)籠宮として現在地に遷宮され、現在に至るとされます。

なお、主祭神の彦火明命は上賀茂神社の賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)と異名同神であると伝えられ、その祖神である下鴨神社の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)も併せ祀っていると伝えられているそうです。

故に、丹後最古の祭りとされる籠神社の「葵祭」は、京都の賀茂神社の「葵祭」と起源が同じであるという説もあります。

祭神

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の祭神は以下の通りです。しかし、祭神については古くから諸説あるとされています。

主祭神

・彦火明命 (ヒコホアカリ):社家・海部氏の祖神であり、天照大神の孫、邇邇芸命(ニニギ)の兄に当たる
 → 神徳
  ⇒ 家内安全・子孫長福・諸業繁栄・開運厄除・病気平癒
 → 別名
  ⇒ 天火明命(あめのほあかりのみこと)
  ⇒ 天照御魂神(あまてるみたまのかみ)
  ⇒ 天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)
 → 諸説
  ⇒ 賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)と同神(「籠神社社伝」)
  ⇒ 天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(ニギハヤヒ)と同神(『先代旧事本紀』)
  ⇒ 大汝命(大国主命)の子(『播磨国風土記』)
  ⇒ 火明命(ホアカリ)と同神(『日本書紀』)
  ⇒ 丹波道主王(たんばのみちぬしおう)と同一

相殿神

・豊受大神(とようけのおおかみ):丹後の最高神・総氏神であるとされる
 → 別名を天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、国常立神(くにとこたちのかみ)とも言う(「籠神社社伝」)
  ⇒ その顕現の神を豊宇気毘売神(トヨウケビメ)・豊受比売(とようけひめ)とも言う(「籠神社社伝」)
 → 天火明命(彦火明命)の天孫降臨の際に共に天降ったとされる(「籠神社社伝」)
 → 第21代雄略天皇が天照大神の神託を受けて、伊勢に遷宮したとされる
  ⇒ 伊勢の豊受大神宮(伊勢外宮)の主祭神
  ⇒ 天照大神の食事を司り、御饌津神(みけつかみ)とも言う
・天照大神(あまてらすおおかみ):現皇室の祖神である
 → 伊勢の皇大神宮(伊勢内宮)の主祭神
 → 主祭神の別名にも「天照」とあるが、別神として祀られている
・海神(わたつみのかみ):社家・海部氏の氏神である
 → 山幸彦(ホオリ)の后である豊玉毘売(トヨタマビメ)とされる(「籠神社社伝」)
  ⇒ 「日本神話」では「龍神」とされる(『日本書紀』)
 → かつての絵馬(上記)には「市杵嶋姫命(イチキシマヒメ)」が描かれている(冠島沓島遥拝所も参照
  ⇒ イチキシマヒメは弁財天と同一神とされ、白龍の化身とされることもある
・天水分神(あめのみくまりのかみ):奥宮・真名井神社に祀られる水戸神の子とされる
 → 水の分配を司る神(水利・水運・水道など水に関すること)
 → 『丹後国風土記』における天橋立神話から、伊弉諾尊(イザナギ)を祭神とする説もある

境内の見どころ

※2015年現在、神門より先の境内の撮影は禁止されています(近年まで可能でした)。そのため、撮影禁止エリアについては禁止される以前に撮られたウィキメディア・コモンズのパブリックドメインの画像を拝借しています。

一の鳥居

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の一の鳥居です。

手前両側に石柱を配す、石造の神名鳥居(伊勢鳥居)となっています。

百度石

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籠神社の百度石です。

百度参り用の石であり、一の鳥居から続く参道に位置しています。

手水舎

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の手水舎です。

人が近づくと水が流れる仕組みになっています。

さざれ石

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籠神社のさざれ石です。

さざれ石とは、もともと小さな石が集まって一つの岩石となったものを指します。

この石は2008年に奉納されたものであり、「大和さざれ石」と名付けられています。

狛犬

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]
阿行
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吽行

籠神社の狛犬です。

参拝者を脅かしていたため、剣豪・岩見重太郎に前足を斬られて退治されたという伝説があります。

岩見重太郎の伝説についてはこちらを参照:【岩見重太郎の伝説】

二の鳥居

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籠神社の二の鳥居です。

神門の前に建つ、木造の外宮鳥居となっています。

神門

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籠神社の神門です。

現在は、これより先の境内の撮影は禁止されています。

拝殿

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籠神社の拝殿です。

檜皮葺の社殿となっており、冒頭に記した主祭神と相殿神が祀られています。

本殿

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の本殿です。

拝殿同様に檜皮葺の社殿となっており、伊勢神宮と同様の唯一神明造となっています。

また、欄干に据えられた青・黄・赤・白・黒の「五色の座玉」が見どころです。

これは伊勢神宮と籠神社にのみ許されたものであり、社格の高さと伊勢神宮との関連性を示しているとされています。

なお、この5色は陰陽五行(天地根本の原理)を表しているのだそうです(意味は以下の通り)。

五色の座玉の意味


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・青(緑):青龍・木(創造・発展)
・黄:黄帝・土(運勢全般)
・赤:朱雀・火(知性・名誉)
・白:白虎・金(金銭・恋愛)
・黒:玄武・水(健康・子孫繁栄)

青龍殿

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籠神社の青龍殿(せいりゅうでん)です。

祈祷や結婚式などの儀式全般を行うための施設です。

蛭子神社(恵美須社)

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籠神社の摂社・蛭子神社(えびすじんしゃ)です。

祭神に彦火火出見命(山幸彦)、倭宿彌命(椎根津彦)を祀っています。

由緒書によれば、大化以前の籠宮の元神であり、かつての主祭神だったとされています(真名井神社遷宮前か?)。

祭神に事代主(えびす)が祀られていないことが珍しいです。

御神徳:商売繁盛・大願成就・大漁満足・海上安全

天照皇大神社(天照大神和魂社)

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の摂社・天照皇大神社(あまてらすこうたいじんじゃ)です。

祭神に天照大神の和魂(ニギミタマ)あるいは荒魂(アラミタマ)を祀っています(現在は和魂と明記)。

由緒書によれば、古代より本宮に祀る大神を和魂の働きで祭祀してきたとされています。

御神徳:万物調和・地球浄化・霊格向上・子孫繁栄

真名井稲荷神社

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の摂社・真名井稲荷神社(まないいなりじんじゃ)です。

祭神に宇迦之御魂神(稲荷神)、保食神(ウケモチ)、豊宇気毘売大神(トヨウケビメ)を祀っています。

由緒書によれば、古代より奥宮・真名井神社に鎮座していたとされています。

鳥居入口には、「狐(キツネ)」ではなく「龍」が配されていることが興味深いです。

古代の稲荷信仰の神使はだったのでしょうか?(真名井神社にも同様の狛龍が安置される)

御神徳:産業繁栄・商売繁盛・厄除治病・世界平和

春日大明神社(春日社)

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の末社・春日大明神社(かすがだいめいじんじゃ)です。

祭神に春日四神(武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神)を祀っています。

由緒書によれば、古代には武甕槌社(たけみかづちしゃ)と称していたとされています。

御神徳:電気関係守護・悪縁消滅・破邪顕正

猿田彦神社

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の末社・猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)です。

祭神に猿田彦大神(サルタヒコ)を祀っています。

由緒書によれば、古代から大世多大明神と呼ばれて霊験あらたかだとされています。

御神徳:交通安全・建設守護・屋敷浄化・厄除長寿

倭宿禰命像

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籠神社の倭宿禰命(やまとすくねのみことぞう)です。

倭宿禰命は、籠神社の社家・海部家の四代目に当たる祖先とされ、「日本神話」の「神武東征」に登場します。

神話によれば、元々は「珍彦(うづひこ)」、「椎根津彦(しいねづひこ)」、「神知津彦(かんしりつひこ)」、「槁根津日子(さおねづひこ)」と呼ばれていたとされています。

倭宿禰命は神武東征の折、速吸門(明石海峡)に亀に乗って現れ、そこで神武天皇と出会って以来、先導役として皇軍を、浪速、河内、大和へと導いて東征の行軍に貢献したとされています。そして、神武天皇が帝位に就いた際には、天皇を無事に大和へと導いた功労者として「倭宿禰」の称号を授かりました。

なお、倭宿禰命は倭国造であり、大倭国造の祖・大倭直の祖となりました。社伝によれば、大和国で大和神社「倭大国魂神」を祀ったとも云われているそうです。また、倭宿禰命の子孫は播磨国で「明石国造」を代々名乗ったとされています。

ちなみに「日本神話」には、おとぎ話の「浦島太郎」のモデルとなったとされる説話がいくつか登場するのですが、亀に乗って現れた珍彦(倭宿禰命)は浦島太郎のモデルの一つとされています。

御生れの庭

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の御生れの庭(みあれのにわ)です。

磐座(岩)に囲まれた庭であり、水琴窟(すいきんくつ)と呼ばれる 耳を当てると水の音色が聞こえる仕掛けもあります。

また、付近には「産霊岩(むすびいわ)」または「神生み岩」と呼ばれる天然記念物のさざれ石も安置されています。

境内には、ほかにも多数の磐座が安置されています。

裏参道鳥居

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の裏参道鳥居です。

境内から西側に抜けた西参道に建つ、木造の神名鳥居(伊勢鳥居)となっています。

ひょうたん池

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籠神社のひょうたん池です。

裏参道鳥居の先に位置しており、ひょうたん形の池の中には巨大な亀像とともに亀が多数生息しています

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]
亀像
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亀像と亀

このオブジェは2007年に設置されたものなんだそうです。

なお、「ひょうたん」は豊受大神の図画にも描かれており、籠神社と関連性の高いアイテムであると思われます。

縄鳥居

人文研究見聞録:元伊勢籠神社 [京都府]

籠神社の縄鳥居です。

東門から真名井神社方面へ抜けた裏参道に位置しています。

個人的見解ですが、縄鳥居は古社に共通してみられる特徴の一つです。

料金: 無料
住所: 京都府宮津市字大垣430
営業: 7:00~17:00(境内には入れる)
交通: 天橋立駅(徒歩46分)

公式サイト: http://www.motoise.jp/

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