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2015年11月15日日曜日

宮谷古墳 [徳島県]

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]

徳島県徳島市にある宮谷古墳(みやだにこふん)です。

阿波史跡公園の歴史の森ゾーンに位置しており、古墳時代初期(3世紀後半)の築造とされる徳島県下で最古級の前方後円墳であるとされています。

古墳自体は近畿地方と同様の特徴を持つ県内でも異質の古墳であるとされ、古墳の前方部先端からは三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)が発掘されたことから、3世紀頃のこの辺りには既にヤマト王権の影響が及んでいたと考えられているそうです。


三角縁神獣鏡とは?

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]

三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)とは銅鏡の形式の一種であり、縁部の断面形状が三角形状となっている大型神獣鏡のことを指します。

日本の古墳時代前期の古墳から数多く発掘されており、鏡背に神獣(神像と霊獣)が鋳出され、中国、魏の年号を銘文中に含むものも多くあるとされています。

近年の研究では、魏の王朝が卑弥呼や壱与に下賜するために特別に鋳造したのが三角縁神獣鏡であるという新説も唱えられているとされ、宮谷古墳にある気延山古墳群には、独自の伝承を持つ八倉比売神社も祀られていることから、卑弥呼との関連性を指摘する説(俗説)が唱えられているようです。

なお、銅鏡の用途に関する異説として、銅鏡の表面の溝や模様の数が暦を示す数と一致することから、純粋太陰暦のカレンダーであるという説がはやし浩司氏によって唱えられています。参考までに以下にビデオを貼っておきます。


宮谷古墳のスペック

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]

古墳の案内板に基づいて、古墳のスペックを以下にまとめます。

・全長: 37.5m
・前方部長: 12.5m
・後円部径: 25m(2段に築かれ、1段目の墳丘面には結晶片岩の割石が積み上げられている)
・墓壙: 7.5m×4.2m(後円部中央に掘られた穴)
・石室: 6m×1.2~1.3m(竪穴式石室であり、割竹形木棺を安置した跡が見られる)
・被葬者: この地方の指導者の墓と推定されている(東を向いて埋葬されていた)
・遺物(石室内): 重圏文鏡、鉄剣、鉄斧、鉄鏃、管玉、ガラス小玉など
・遺物(前方部): 三角縁神獣鏡
・遺物(周辺部): 多量の壺型土器
・築造年代: 3世紀後半~4世紀初頭(気延山古墳群で最も古い時期の古墳とされる)

宮谷古墳の様子

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]

宮谷古墳は一見ただの小高い丘のように見えますが、方向指示に従って道を進んで行くと やがてその形が見えてきます。

なお、古墳の周囲には道が敷かれており、その途中にはワリと立派な休憩所も設置されています。

古墳の真ん前までやってくると案内板と共に古墳の前方部が現れ、前方部に登って周りを見渡すこともできます。

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]
前方部の墳丘
人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]
案内板

また、古墳を囲む道沿いの一部にはいわゆる埴輪が安置され、古代の雰囲気を演出しています。

人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]
大きな埴輪
人文研究見聞録:宮谷古墳 [徳島県]
小さな埴輪

このほか、古墳の傍の道沿いを更に登っていくと、他の古墳群や八倉比売神社を拝むこともできます。

そのため、古墳だけでは殺風景ですが、他の見どころも併せて見れば なかなか味わい深い場所だと思いました。

なお、宮谷古墳の出土品の一部は、園内にある徳島市立考古資料館にて展示されているようです。

料金: 無料
住所: 徳島県徳島市国府町西矢野字奥谷
営業: 終日開放
交通: 府中駅(徒歩37分)

公式サイト: http://www.city.tokushima.tokushima.jp/koen_ryokuchi/sisetu01.html

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