人文研究見聞録:石井の井戸 [茨城県]

茨城県坂東市岩井にある石井の井戸(いわいのいど)です。

平将門公ゆかりの史跡であり、『将門記』には将門公の本拠となる石井営所として記されています。

なお、付近の一言神社で祀られている祭神に関する由来も残っているようです。

平将門についてはこちらの記事を参照:【平将門とは?】


由緒

石碑によれば、平将門公が王城建設の土地を求めていた際、そこで出会った一人の老翁によって湧き出した湧水を井戸としたものであり、「いわい」の地名の由来になったとも云われています。

ただし、この伝説にはいくつかのバリエーションがあるらしく、「国王神社縁起演書」にはやや内容が異なる内容が記されているようです。そのため、ここに両方の説話を載せておきます。

石井の井戸(石碑による説明)

平将門公がと従兵と居館築造の地を探し求めて島広の野を駆け巡っていた際、喉が渇いて困り果てていたところ、「水」という一言が東南の方から聞こえ、そちらに向くと一人の老翁が立っていた。

老翁はやがて傍らの大石を差し上げて、力いっぱい大地に打ち込むと妙味の水がこんこんと湧き出した。将門公が不思議に思っていると、その老翁の姿は既に消え去っていたという。

この老翁を祀った岩井の一言明神(一言神社)と併せて、この石井の井戸は「岩井戸の宮」と称され、末永く住民に尊崇されてきた。また、「いわい」を昔「石井」と言ったのも、この井戸が中心となっていたからだと云われている。

石井の井戸(国王神社縁起演書)

将門が王城の地を求めてこの地を見回っていたところ、喉が渇いて水が欲しくなった。

その時、どこからか老翁が現われ、大きな石の傍らに立っていた。その翁はその大石を軽々と持ち上げて大地に投げつけると、そこから清らかな水が湧き出し、将門と従兵たちは喉を潤すことができた。

不思議に思った将門が翁に素性を尋ねると、翁は畏まって一首の歌を詠んだ。

「久方の 光の末の 景うつる 岩井を守る翁 なりけり」

そして、翁は姿を消してしまった。将門は老翁を祀るとともに、この大地に城郭を造ることに決めたという。

そのほか、「星占いをして発見した井戸」「将門の産湯井」「将門の首を洗った井戸」などの伝説もあり、また、奈良時代には石井郷という行政区域になっていたことから、遥か古い時代から湧水近くに人が住んだとも推測されているようです。

石井の井戸の雰囲気

人文研究見聞録:石井の井戸 [茨城県]
人文研究見聞録:石井の井戸 [茨城県]

石井の井戸は田園地帯の一角にあり、周囲には石碑がいくつか置かれています。

具体的な井戸の痕跡は見当たりませんでしたが、将門公ゆかりの史跡として大切に保存されているようです。

なお、付近には一言神社や延命寺など、将門公にまつわる社寺や史跡がいくつかあります。

料金: 無料
住所: 茨城県坂東市岩井1627
営業: 終日開放
交通: 三妻駅(徒歩122分)、坂東号 庁舎間シャトル「国王神社」下車ほか

公式サイト: http://www.city.bando.lg.jp/sp/page/page000385.html
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。