六所神社 [島根県]
2017/09/26
島根県松江市にある六所神社(ろくしょじんじゃ)です。
『出雲国風土記』の「佐久佐社」に比定される古社であり、祭神に伊邪那岐命など6柱の神を祀っています。
また、出雲国総社であり、六社参りで知られる意宇六社の一社にも数えられています。
神社概要
由緒
パンフレットによれば、当社は奈良時代の『出雲国風土記』に「佐久佐社(さくさのやしろ)」、平安時代の『延喜式神名帳』に「佐久佐神社」と名を載せる古社であり、平安時代には正五位上の神階を与えられた格式の高い神社であるとされます。
なお、古代律令制において当地に出雲国庁が置かれて以来、出雲国の神社を統べる出雲国総社となったとされ、班幣式や重要な祈願などの儀式が行われたそうです。
また、社名については かつては総社と称していたとされますが、室町時代頃から総社と六所が併用されるようになり、明治維新に伴って六所神社に改称したとされています。
ちなみに、六所神社という意味合いは、六神や六ヶ所の総社という意味ではなく、本来 国内の天神地祇・天地四方(天地・東西南北)の神を併せ祀る総社の性格と六の字の持つ意味合いから来ていると考えられているそうです。
なお、パンフレットによる説明は以下の通りです。
【六所神社 御由緒】
当社は、奈良時代に編纂された『出雲国風土記』に「佐久佐社(さくさのやしろ)」「青幡佐久佐比古命(アオハタサクサヒコ)が座すので大草(さくさ)という」と記され、平安時代に完成した『延喜式神名帳』にも所載されている社(式内社)で、仁寿元年(851年)には熊野・杵築両大神の従三位に次いで従五位下の神階を授かり、貞観7年(865年)従五位上、同13年(871年)正五位下、元慶2年(878年)には正五位上となった由緒ある神社です。
古代律令制のもと、この地に出雲国庁が置かれてからは、出雲国の総社として一層重きをなすようになりました。総社とは国内を統べる神社のことです。国内の神社に幣帛(みてくら)を班(わか)つ班幣式(はんぺいしき)や、重要な祈願等も当社で行われました。
当社は、奈良時代に編纂された『出雲国風土記』に「佐久佐社(さくさのやしろ)」「青幡佐久佐比古命(アオハタサクサヒコ)が座すので大草(さくさ)という」と記され、平安時代に完成した『延喜式神名帳』にも所載されている社(式内社)で、仁寿元年(851年)には熊野・杵築両大神の従三位に次いで従五位下の神階を授かり、貞観7年(865年)従五位上、同13年(871年)正五位下、元慶2年(878年)には正五位上となった由緒ある神社です。
古代律令制のもと、この地に出雲国庁が置かれてからは、出雲国の総社として一層重きをなすようになりました。総社とは国内を統べる神社のことです。国内の神社に幣帛(みてくら)を班(わか)つ班幣式(はんぺいしき)や、重要な祈願等も当社で行われました。
祭神
六所神社の祭神は以下の通りです。
・伊邪那岐命(イザナミ):『記紀』において国産み・神産みの女神とされる
・天照皇大神(アマテラス):太陽を神格化した皇祖神であり、伊勢内宮の主祭神として有名
・月夜見命(ツクヨミ):三貴子の一柱で、月を神格化した神とされる
・伊邪那美命(イザナミ):『記紀』において国産み・神産みの女神とされる
・素盞鳴尊命(スサノオ):三貴子の一柱で出雲の祖神(天照大神の弟神に当たる)
・大己貴命(オオナムチ):オオクニヌシの名で知られる出雲大社の主祭神
・天照皇大神(アマテラス):太陽を神格化した皇祖神であり、伊勢内宮の主祭神として有名
・月夜見命(ツクヨミ):三貴子の一柱で、月を神格化した神とされる
・伊邪那美命(イザナミ):『記紀』において国産み・神産みの女神とされる
・素盞鳴尊命(スサノオ):三貴子の一柱で出雲の祖神(天照大神の弟神に当たる)
・大己貴命(オオナムチ):オオクニヌシの名で知られる出雲大社の主祭神
境内社
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六所神社の境内社は以下の通りです。
・町明神社:青幡佐久佐彦命を祀る
・王子神社:高御産霊神・神御産霊神を祀る
・天満宮:菅原道真公を祀る
・王子神社:高御産霊神・神御産霊神を祀る
・天満宮:菅原道真公を祀る
境内の見どころ
参道
六所神社の参道です。
鳥居
六所神社の鳥居です。
神門(随神門)
六所神社の神門です。
当社の随神は、向かい合わせに祀られています。
随神
六所神社の随神です。
手水舎
六所神社の手水舎です。
拝殿
六所神社の拝殿です。
本殿
六所神社の本殿です。
狛犬(唐獅子)
六所神社の狛犬です。
江戸時代に時の名工・林蔵と伊右衛門が技を競って彫ったものとされています。
出雲国府跡
六所神社付近には出雲国府跡(いずもこくふあと)があります。
国府とは、奈良~平安時代に配置された令制国の政治の中枢を担う国庁を中心とする都市のことです。
古代の出雲では六所神社境内周辺にあったとされ、今でもその跡地を見ることができます。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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