人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

島根県松江市美保関町にある美保神社(みほじんじゃ)です。

『出雲国風土記』に登場する古社であり、祭神に三穂津姫命・事代主命を祀っています。

事代主神系のえびす社の総本社であり、商売繁盛・漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰されています。

また、音楽の神としても知られ、古くから楽器を奉納する習わしがあるそうです。


神社概要

由緒


当社は『出雲国風土記』の「島根郡条」に"美保社"として記載されている古社であり、平安時代の『延喜式神名帳』にも名を残している延喜式内社となっています。

公式サイトによれば、遅くとも『延喜式』に社名が記載された時期には"社(やしろ)"が存在していたとされ、それ以前についても境内地から4世紀頃の勾玉の破片や6世紀後半頃の土馬(雨乞の儀式のための祭具とされる)が出土していることから、古墳時代以前より何かしらの祭祀が行われていたと考えられているそうです。

また、パンフレットによれば当地は日本神話においてオオクニヌシとスクナヒコナが出会ったとされている場所であり、地理的には島根半島の東端に位置する関門で、北は隠岐・竹島・欝陵島をへて朝鮮にまでいたり、東は神蹟地・地の御前・沖の御前島をへて北陸(越國)へ 、西は九州に通じるといった日本海航路の要衝を占め、さらに南は国引神話によって伝えられる弓ケ浜・大山に接することから上代の政治・文化・経済の中心であったともいわれています。

なお、当社の祭神であるコトシロヌシ(事代主)の神名は"事知主"という義であり、すべての世のあらゆる事を知って是非曲直(物事の善悪・正不正のこと)を判断し、邪を避けて正に導くといった"事の大元を掌り給う"という意味を持つとされることから、叡智の本躰・誠(真言、真事)の守神とされています。また、コトシロヌシはゑびす様としても知られ、漁業の祖神、海上安全の守護神としても信仰を集めており、当社に伝わる波剪御幣(なみきりごへい)は祭神の海上守護の神徳にちなんで航行を安泰させるといった霊徳を表現した御幣で、水災・火災・病難を避け、家内安全および家門繁栄をもたらすものとして古くから人気を集めているそうです。

また、もう一方の祭神であるミホツヒメは天津神であるタカミムスビの娘にしてオオクニヌシの后に当たる神であり、高天原の斎庭の稲穂を持って天降り、民の食糧として広く配ったと伝えられることから五穀豊穣の神とされています。このことから当社には古くから御種を受けるという信仰があり「この御種をまけば早稲でも晩稲でも望み通りのものができ、さらに麦や大豆をはじめとする穀物も同じように育つ不思議なもの」であるといわれ、小泉八雲の紀行文には「白羽の矢が立てられたように当社の神札が立て連ねられている田は青々と茂り、蛙が繁殖せず、飢えた鳥も害さない」と記してあるそうです。この他にもミホツヒメは夫婦和合・安産・子孫繁栄・歌舞音曲(音楽)の守護神としても信仰されており、"美保"という字は三穂津姫命(ミホツヒメ)の神名に由来しているともいわれているそうです。

祭神


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の祭神は以下の通りです。

・[左殿(大御前)] 三穂津姫命(ミホツヒメ):タカミムスビの娘で、オオモノヌシ(オオクニヌシ)の后となった神
 → 高天原の斎庭の稲穂を持って天降り、民の食糧として広く配ったという故事から五穀豊穣の神とされる
 → コトシロヌシから見て義理の母親に当たる
 → 当社では五穀豊穣・夫婦和合・安産・子孫繁栄・歌舞音曲(音楽)の神として信仰されている
・[右殿(二御前)] 事代主命(コトシロヌシ):オオナムチ(オオクニヌシ)とカムヤタテヒメの御子神
 → 文献上、日本で最初に魚釣りをした神ということで「ゑびす神」として信仰されているという
 → 「事代主」の神名は「事知主」の義であり、"事の大元を掌る"という意味を持つとされる
 → 当社では海上安全・大漁満足・商売繁盛・学業・歌舞音曲(音楽)の神として信仰されている

※『出雲国風土記』では「大穴持命(大国主神)と奴奈宣波比売命(奴奈川姫命)の間に生まれた「御穂須須美命」が美保郷に坐す」と記述されており、元々は御穂須須美命が祭神だったという説もある

境内社


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浜恵美須神社
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宮御前・宮荒・船霊・稲荷社
人文研究見聞録:美保神社 [島根県]
若宮・今宮・秘社

美保神社の境内社は以下の通りです。

・浜恵美須社
・宮御前社:埴山姫命を祀る
・宮荒神社:奥津彦神、奥津比売命、土之御祖神を祀る
・船霊社:天鳥船神を祀る
・稲荷社:倉稲魂命を祀る
・若宮社:天日方奇日方命を祀る
・今宮社:太田政清霊を祀る
・秘 社:不明
・大后社:神屋楯比売命、沼河比売命を祀る
・姫子社:媛蹈鞴五十鈴媛命、五十鈴依媛命を祀る
・神使社:稲脊脛を祀る

関連知識

歌舞音曲(音楽)の神


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保関は古くから海上交通の関所であったことから諸国の船が風待ちをする港として栄えた場所であり、船人の間では「関の明神さんは鳴り物好き、凪(なぎ)と荒れとの知らせある」といわれていたそうです。

そのため、海上安全や諸願成就などの祈願のために各地の船人達からおびただしい数の楽器が奉納されるようになったとされています。なお、奉納された楽器のうちの846点は国の重要有形民俗文化財に指定されているそうです。

鯛とゑびす信仰


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

当社は"事代主命をゑびす神として祀るゑびす社の総本社"として知られています。

案内板によれば、ゑびす神が鯛と釣竿を持った姿とされたのは室町時代以降のことで、鯛は産卵期に鮮やかな朱色になることから太陽に見立てられたことから、海幸の神であるゑびす神のシンボルになったといわれています。

なお、事代主命が鯛釣りをしたといわれているのは地ノ御前・沖ノ御前という島根半島の東端・地蔵崎の沖合に浮かぶ2つの島で、地元では鯛の漁場として知られているそうです。

拍手の起源


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我が国の文献に拍手(手打ち・手締め)が初めて登場するのは『古事記』の「国譲り神話」であり「天津神に出雲国を譲るように言われたオオクニヌシが子のコトシロヌシに返答を委ねた際、コトシロヌシは直ちに了承して天逆手(あめのむかえで)を拍った」という記述がそれに当たるとされています。

案内板によれば、これが今の手打ち・手締めの起源であるとされ、拍手を打つことは約束を交わすという意味を持つことから、いわゆる一本締めや三本締めもこれに起因するとされています。なお、これはゑびす神(コトシロヌシ)が商売繁盛の神とされている所以の一つであるともいわれているそうです。

鶏嫌いのゑびす神


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

当地方にはコトシロヌシにまつわる以下のような伝説があるとされています。

コトシロヌシは船で中海を渡って美保の対岸にある揖屋のミシマミゾクイヒメのもとに夜な夜な通い、いつも明け方になると美保の社に帰っていたのだが、ある夜、一番鶏が時刻を間違えて夜明けの前に鳴いてしまった。これを聞いたコトシロヌシは急いで帰ろうとしたために誤って海中に櫂を落としてしまい、仕方なく足で水を掻いていたところ、その足をワニ(サメ)に噛まれて不具になってしまった。これに怒ったコトシロヌシは それ以来ニワトリを忌むべきものとして、美保と揖屋の里に鶏肉・鶏卵を食べることはもとより、鶏を飼うことも禁じたという。

なお、公式サイトによればゑびす神(コトシロヌシ)がいつも片足を曲げているのは この時の傷のせいであるとされていますが、この他にも手を噛まれたというバージョンの伝説もあるようです。

おかげの井戸


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

当社の鳥居近くにある井戸には以下のような伝説があるとされています。

その昔、長い干魃が続いたために何処の井戸も干上がってしまい、民衆は苦しい生活を送ることになった。そこで、時の宮司は美保大明神に雨乞の儀式を行ったところ「この場所を掘れ」との神託を得られたことから、ここを掘るとこんこんと水が湧き出してきて人々は難を逃れることができた。あまりのありがたさに人々は「おかげの井戸」と呼ぶようになったという。

なお、この井戸の掘削には当地方の廻船問屋はもちろんのこと、諸国の北前船の船頭や船主らも浄財を寄進したとされ、当時の記録は美保神社に残されているそうです。

福種銭


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当社には福種銭(ふくたねせん)という小銭を受けることができます。

この福種銭は祭神の大神璽(おおみしるし)とされ、包の中に福の種となる十円玉が入れられた形となっています。この福種銭を自分の貨幣と共に使用して世の中に撒き、仕事や生活に励むと、廻り廻って大きな福が還ってくるとされています。

境内の見どころ

鳥居


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の鳥居です。

手水舎


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の手水舎です。

祓所


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美保神社の祓所(お祓いをする場所)です。

神門(随神門)


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の神門です。

御霊石


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社にある御霊石(おたまいし)です。

漁師が海中から拾って奉納した石で、妊婦が触れるとお腹の子が健康に育つといわれています。

狛犬


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]
人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の拝殿前の狛犬です。

拝殿


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の拝殿です。

中には奉納された楽器などが安置されています。

本殿


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美保神社の本殿です。

左殿と右殿に分かれており、それぞれに祭神が鎮座しているとされています。

月次御幣


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の月次御幣(つきなみごへい)です。

当社では毎月7日に取り替える定めになっており、月によって色の違う御幣を供えるのだそうです。

美保関漁港


人文研究見聞録:美保神社 [島根県]

美保神社の前の美保関漁港です。

付近の売店では、美保関で獲れた海産物や料理・加工食品などが販売されています。

料金: 無料
住所: 島根県松江市美保関町美保関608(マップ
営業: 終日開放
交通: 美保関コミュニティバス(美保神社入り口下車)

公式サイト: http://mihojinja.or.jp/
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。