2015年7月30日木曜日

蘇民将来とは?(茅の輪の起源)

人文研究見聞録:蘇民将来とは?(茅の輪の起源)

毎年の夏には夏越祭(なごしのはらえ)として、「茅の輪くぐり神事」を行う神社(寺院も)が多くあります。

この神事は、神道儀式というよりも「蘇民将来(そみんしょうらい)の伝説」を起源とする民間信仰に基づく神事とされており、民間では、毎年の犯した罪や穢れを除き去るための除災行事として定着したと云われています。

では、その起源となる蘇民将来の伝説とは、一体どのようなものなのでしょうか?

それについて、まとめて解説したいと思います。


蘇民将来の伝説

蘇民将来の伝説は『備後国風土記(逸文)』に登場しています。また、民間に口頭で伝承されている伝説もあるようです。

いくつかのバリエーションがあるので、知っている限り載せていきたいと思います。

備後国風土記逸文(びんごのくにふどき)

※現代語に訳しています(ミスがあったらスイマセン)

備後国(広島東部)の風土記によると、疫隈国社(現・素盞嗚神社)がある(疫隈国社の由来は次の通りである)。

昔、北海の武塔神(むとうしん)が南海の神の娘と結婚しようと旅に出たところ、すっかり日暮れになってしまった。

彼の旅先には将来という二人の兄弟が住んでいた。兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は貧乏であったが、弟の巨旦将来(こたんしょうらい)はとても豊かであり、家屋を百戸を持つほどであった。

そこで武塔神は、豊かな弟の巨旦将来を訪ねて宿を求めたが、宿を貸すのを断られた。仕方なく貧乏な兄の蘇民将来を訪ねると、すぐに宿を貸してくれ、さらに栗飯などの食事も持て成してくれた。

その後、武塔神は旅立って無事に目的を果たした(南海の神の娘と結婚した)。

それから時を経た後、武塔神は八柱の子を率いて再び将来の住む地に還り、将来兄弟に対して相応の報答をすることを詔した。

そして、(かつての恩人)蘇民将来の家を訪ねると、蘇民将来とその妻が現れた。そこで武塔神は、蘇民将来とその妻に「茅の輪(ちのわ)を腰の上に着ける」ように命じた。

その夜、武塔神は蘇民将来とその妻を除く全員を悉く滅ぼしていき、「我は速須佐雄能神(はやすさのおのかみ)である。後の世に疫病が流行っても、『蘇民将来の子孫と名乗り、茅の輪を腰に付ける者』は、疫病から免れるだろう」と詔した。

参考文献:備後国風土記 - Wikipedia


祇園牛頭天王縁起(ぎおんごずてんのうえんぎ)

身の丈七尺五寸の大男・牛頭をした太子がインド九相国の王になった。あまりにも怪異なので后(きさき)のなり手がなかった。

あるとき、山鳩が飛んできて「八大竜王のひとり、南海沙褐羅竜王の三女の波利莱(はりめ)を后にするがよい」と教えたので、牛頭太子は后探しの旅に出た。

途中、日が暮れたので裕福な巨旦将来の所へ行き一夜の宿を頼んだが断られた。蘇民将来を訪れると、貧しかったにもかかわらず、粟の飯を炊いて持て成してくれた。

牛頭太子はおおいに喜び、竜宮からの帰途、弟の巨旦を滅ぼし、今後、お前の子孫を名乗るものは常に疫病や災厄から逃れられるように守護してやろうと約束した。

参考文献:祇園牛頭天王縁起(ぎおんごずてんのうえんぎ)


牛頭天王と蘇民将来(三重県伊勢市二見町の民話)

昔々あるところに、牛頭天王(ごずてんのう)という人がいました。

もうそろそろお嫁さんがほしいなぁと思っていると、鳩がやってきて「竜宮城へ行きなさい」と教えてくれました。

そこで、牛頭天王は竜宮城への旅に出かけました。

途中、泊めてもらうところを探しているとこの辺りで一番のお金持ちの巨旦(ごたん)の家がありました。

牛頭天王が「一晩泊めてください」と言うと、巨旦は意地悪く「うちは貧しいから泊められないよ」と嘘をついて断りました。

牛頭天王は困りました。しかたなく歩いて行くと蘇民将来の家に着きました。

「泊めてください」と言うと貧しいながらも心優しい蘇民は「どうぞ、汚れていますが」と言って家の中に招き牛頭天王に粟のご飯を炊いておもてなしをしました。

次の日、出発する前に牛頭天王は泊めてもらったお礼に宝物の珠を蘇民に渡しました。この珠は、心の優しい人が持つとお金がたまるものでした。

蘇民  その後、牛頭天王は竜宮城に着いてお嫁さんをもらい、8人の王子のお父さんになりました。8年ぐらいたったある日、自分の生まれた国に帰ることにしました。

途中、また蘇民の家に泊まりました。心優しい蘇民は長者さんになっていました。それをうらやましく思った巨旦も牛頭天王を家に泊めようとしましたが、意地悪は変わらなかったので、逆に次々と悪いことばかり起こりました。

一方、蘇民はいつまでも幸せにすごしました。

牛頭天王という人は、悪いことを追い払う神様だったのです。代々蘇民の家の人たちは、このとき牛頭天王が言われたように「蘇民将来」と書いた木を身に着けていました。

それがお守りとなったので幸せに暮らしたという言い伝えが残っています。この木のお守りが今現在は注連縄にとりつけられ家の玄関口で悪いことを追い払ってくれているのです。

参考文献:民話の駅 蘇民


蘇民将来の祭祀

蘇民将来と茅の輪

蘇民将来の伝説には「茅の輪」が災厄除けの重要なアイテムとされています。

よって、今なお行われている「茅の輪くぐり神事」は、この説話に基づいて行われていると言えますね。

蘇民将来の祭祀

蘇民将来の祭祀には、茅の輪の他にも 粽(ちまき)護符形代を使ったものもあるようです。

全国的の祭祀の特徴をまとめると以下のようになっています(知っているものだけ)。

全国の蘇民将来の祭祀

・岩手の蘇民祭
 → 蘇民祭(そみんさい)は、岩手県を中心に日本各地に伝わる裸祭りである。
  ⇒ 胡四王神社蘇民祭(花巻市・胡四王神社)
  ⇒ 興田神社蘇民祭(一関市・興田神社)
  ⇒ 伊手熊野神社蘇民祭(奥州市・伊手熊野神社)
  ⇒ 永岡蘇民祭(金ケ崎町・町内永沢・永栄地区一帯)
  ⇒ 光勝寺五大尊蘇民祭(花巻市・光勝寺)
  ⇒ 黒石寺蘇民祭(奥州市・黒石寺)
  ⇒ 早池峰神社蘇民祭(花巻市・早池峰神社)
・今宮神社(京都市)
 → 厄除のための「やすらい人形(ひとがた)」という形代があり、「蘇民将来之子孫也」と書かれた札が挟まれる。
 → 疫神を鎮めるための「やすらい(夜須礼)」の祭祀が行われる。
・八坂神社(京都市)
 → 祇園祭の行われる7月には社頭にて「蘇民将来子孫也」と記した「厄除粽(ちまき)」が授与される。
 → 7月31日には摂社「疫神社」において「夏越祭」が行われ「茅之輪守」が授与される。
  ⇒ 他につり下げ型の八角木守もある。
・信濃国分寺八日堂(長野県上田市)
 → 六角柱のこけし型をなす。
・陸奥国分寺薬師堂(仙台市若林区)
 → 八角柱で房のついたつり下げ型をなす。
・岩木山神社(青森県弘前市)
 → 紙製のお札で呪文と晴明紋が記されている。
・笹野観音(山形県米沢市)
 → 八角柱の形状。紙製で梵字や五芒星を記したものもある。
・円福寺(千葉県銚子市)
 → 木製板状で梵字と呪文が記されている。
・竹寺(埼玉県飯能市)
 → 六角柱のこけし型。
・妙楽寺(長野県佐久市)
 → 木製板状で梵字と呪文・晴明紋が記されている。
・津島神社(愛知県津島市)
 → 六角柱のこけし型。
・松下社(三重県伊勢市二見町)
 → 注連飾り形状をしており、木札に「蘇民将来子孫家門」などと記す。
  ⇒ 伊勢志摩地方でよく見られる形式。
・祇園神社(神戸市兵庫区)
 → 六角柱のこけし型。紙の一端をこより状にしたものもある

このように形式は多種多様です。「厄除」という点で一致しているように思われます。

また、護符・粽・形代など、呪禁道や陰陽道にまつわる呪術と関連しているようにも思えますね。


備考

武塔神の起源

人文研究見聞録:蘇民将来とは?(茅の輪の起源)
牛頭天王

伝説上の設定はそれぞれ異なりますが、大きく分けて「災厄をもたらす神」「貧乏だが心優しい兄」「裕福だが意地悪い弟」という人物(神)が登場します。

災厄をもたらす神」として「武塔神(スサノオ)」「牛頭天王(牛頭太子)」という神の性格が一致し、これらの神は同一神として古くから天王社などで祀られています。

しかし、「武塔神」という神の起源は不明とされており、その正体については、現在3つの説が唱えられているそうです(以下)。

1.密教でいう「武答天神王」によるという説
2.尚武の神という意味で「武勝神(タケタフカミ)」という説
3.朝鮮系の神

いずれにせよ、海外から伝わってきた神であるという説が有力視されているようです。


蘇民将来について

人文研究見聞録:蘇民将来とは?(茅の輪の起源)
蘇民将来護符

蘇民将来(そみんしょうらい)は、巨旦将来(こたんしょうらい)に対して貧乏だが心優しい人物とされています。

また、慈悲の心で武塔神(災厄をもたらす神)をもてなし、後に災厄から救われるという性格があると言えます。

起源については不明らしいのですが、伝説を以って平安時代から厄除の神として祀られていたそうです。

ちなみに、陰陽道では天徳神と同一視されおり、そのことが後の祭祀(護符など)にも影響しているのかもしれません。

なお、天徳神(てんとくしん)とは、月神また陽神(火の神)とされ、万事にとされる吉方位の神とされています。


巨旦将来について

人文研究見聞録:蘇民将来とは?(茅の輪の起源)
金神

巨旦将来(こたんしょうらい)は、蘇民将来(そみんしょうらい)に対して裕福だが意地の悪い人物とされています。

また、損得勘定で物事を量って武塔神(災厄をもたらす神)を拒み、後に災厄を受けて滅ぶという性格があると言えます。

伝説によっては設定が異なり、名前が巨旦大王(こたんだいおう)とされる場合もあります。

巨旦大王は、久遠国という夜叉国の金神とされ、武塔神の弟という設定である場合もあるようですね。

ちなみに、陰陽道で金神(こんじん)は方位神の1つであり、在する方位に対し、万事にとされる神です。

旧約聖書との類似性

あくまで直感的な推論ですが、「蘇民将来の伝説」は、旧約聖書の「出エジプト記」に出てくる説話に類似します。

出エジプト記では、モーセ率いるイスラエルの民がエジプトから出る際にファラオと揉めますが、その際に神(ヤハウェ)がエジプトの国中を巡って、エジプト全ての人や獣の初子(長子)を滅ぼすことを決めます。

その際、イスラエルの民だけを救うために正月の祭を行わせ、戸口に印を付けさせます。

神は戸口の印を以って、厄災を与えずに過ぎ越すことから、後に過越祭(すぎこしのまつり)と呼ばれるようになるのですが、これと設定が非常に似ているように思います。

ただ、あくまで思いつきなので、起源が一致するような証拠は持ち合わせていません。

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