人文研究見聞録:柿本人麻呂の詠歌(『万葉集』まとめ)

万葉歌人として有名な柿本人麻呂ですが、国史には登場しないため、その生涯は多くの謎に包まれています。

そんな人麻呂の謎に迫るべく、『万葉集』から詠歌を集めてみました。

※異説によるものも含んでいますので、ご注意ください。



『万葉集』巻一


・29:玉襷 畝火の山の 橿原の 日知御代ゆ生れましし 神のことごと 樛の木の いやつぎつぎに 天の下 知らしめししを 天にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 夷にはあれど 石走る 淡海の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の尊の 大宮は 此処と聞けども 大殿は 此処と言へども 春草の 繁く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮処 見れば悲しも
・30:楽浪の 志賀の唐崎 幸くあれど 大宮人の 船待ちかねつ
・31:楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも逢はめやも
・36:やすみしし わご大君の 聞しめす 天の下に 国はしも 多にあれども 山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 船並めて 朝川渡り 舟競ひ 夕河渡る この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水たぎつ 滝の都は 見れど飽かぬかも
・37:見れど飽かぬ 吉野の河の 常滑の 絶ゆることなく また還り見む
・38:やすみしし わが大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 激つ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば 畳はる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり 逝き副ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも
・39:山川も 寄りて 奉ふる 神ながら たぎつ河内に 船出するかも
・40:嗚呼見の浦に 船乗りすらむ をとめらが 珠裳の裾に 潮満つらむか
・41:くしろ着く 手節の崎に 今日もかも 大宮人の玉藻 刈るらむ
・42:潮騒に伊良虞の島辺こぐ船に妹乗るらむ荒き島回を
・45:やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと 太敷かす 京を置きて 隠口の 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を 石が根 禁樹おしなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉かぎる 夕さりくれば み雪降る 阿騎の大野に 旗薄 小竹をおしなべ 草枕 旅宿りせす 古思ひて
・46:阿騎の野に 宿る旅人 うちなびき 寐も寝らめやも 古おもふに
・47:ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉の 過ぎにし君が 形見とぞ来し
・48:東の 野に炎の 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ
・49:日並の 皇子の尊の 馬並めて 御猟立たしし 時は来向ふ


『万葉集』巻二


・131:石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 和多津の 荒磯の上に か青く生ふる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄らめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波の共 か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎えて 偲ふらむ 妹が門見む なびけこの山
・132:石見のや 高角山の 木の際より わが振る袖を 妹見つらむか
・133:小竹の葉は み山もさやに さやげども われは妹思ふ 別れ来ぬれば
・134:石見なる 高角山の 木の間ゆも 吾が袖振るを 妹見けむかも [異伝]
・135:つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の [一に云ふ 室上山] 山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ
・136:青駒が 足掻きを速み 雲居にぞ 妹があたりを 過ぎて来にける
・137:秋山に 落つる黄葉 しましくはな 散り乱ひそ 妹があたり見む
・146:後見むと 君が結べる 岩代の 小松が末を また見けむかも
・167:天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女の命(一には「さしのぼる 日女の命」といふ) 天をば 知らしますと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひし極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別けて(一には「天雲の 八重雲別けて」といふ) 神下し いませまつりし 高照らす 日の御子は 明日香の 清御の宮に 神ながら 太敷きまして すめろぎの 敷きます国と 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ(一には「神登り いましにしかば」といふ) 我が大君 皇子の命の 天の下 知らしめす世は 春花の 貴くあらむと 望月の 満しけむと 天の下(一には「食す国」といふ) 四方の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあからを 高知りまして 朝言に 御言問はさず 日月の 数多くなりぬる そこゆゑに 皇子の宮人 ゆくへ知らずも(一には「さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす」といふ)
・168:ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも
・169:あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも
・170:嶋の宮 まがりの池の 放ち鳥 人目に恋ひて 池に潜かず
・194:飛ぶ鳥の 明日香の河の 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触らふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし 嬬の命の たたなづく 柔膚すらを 剣刀 身に副へ寐ねば ぬばたまの 夜床も荒るらむ そこ故に 慰めかねて けだしくも 逢ふやと念ひて 玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉裳はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕 旅宿かもする 逢はぬ君ゆゑ
・195:敷栲の 袖交へし君 玉垂の 越智野過ぎ行く またも逢はめやも
・196:飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 石橋いはばし渡し 下つ瀬に 打橋渡す 石橋に 生おひ靡ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生はふる 打橋に 生おひををれる 川藻もぞ 枯るれば生はゆる なにしかも 我が王おほきみの 立たせば 玉藻のごと 臥こやせば 川藻のごとく 靡かひし 宜よろしき君が 朝宮を 忘れたまふや 夕宮を 背きたまふや うつそみと 思ひし時に 春へは 花折り挿頭かざし 秋立てば 黄葉もみちば挿頭し 敷布の 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かに 望月もちつきの いやめづらしみ 思ほしし 君と時々 出でまして 遊びたまひし 御食みけ向ふ 城上の宮を 常宮とこみやと 定めたまひて あぢさはふ 目言めことも絶えぬ そこをしも あやに悲しみ ぬえ鳥とりの 片恋しつつ 朝鳥の 通はす君が 夏草の 思ひ萎えて 夕星ゆふづつの か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰むる 心もあらず そこ故に 為せむすべ知らに 音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く 思しぬひ行かむ 御名に懸かせる 明日香川 万代までに はしきやし 我が王おほきみの 形見にここを
・197:明日香川 しがらみ渡し 塞かませば 流るる水も のどにかあらまし[一云水の淀にかあらまし]
・198:明日香川 明日さへ見むと 思へやも 我が王の 御名忘れせぬ
・199:かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山越えて 高麗剣 和射見が原の 行宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御軍士を 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに ささげたる 旗の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひたまひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 奏したまへば 万代に しかしもあらむと 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごとと 鹿じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいませて あさもよし の宮を 城上常宮と 高くし奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ひしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏くあれども
・200:久かたの 天を知らせる 君故に 日月も知らに 恋ひわたるかも
・201:埴安の 池の堤の 隠り沼の ゆくへを知らに 舎人は惑ふ
・207:天飛ぶや 軽の路は 吾妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲しけど 止まず行かば 人目を多み 数多く行かば 人知りぬべみ 狭根葛 後も逢はむと 大船の 思ひ憑みて 玉かぎる 磐垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れ行くが如 照る月の 雲隠る如 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと 玉梓の 使の言へば 梓弓 音に聞きて  言はむ術 為むすべ知らに 音のみを 聞きてあり得ねば 我が恋ふる 千重の一重も 慰もる 情もありやと 我妹子が 止まず出で見し 軽の市に 我が立ち聞けば 玉たすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉桙の 道行く人も ひとりだに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 袖ぞ振りつる
・208:秋山の もみぢを茂み 迷ゐぬる 妹が求めむ 山道知らずも
・209:もみぢ葉の 散りゆくなへに 玉梓の 使を見れば 逢ひし日思ほゆ
・210:うつせみと 思ひし時に 取り持ちて わが二人見し 走出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝の 春の葉の 茂きが如く 思へりし 妹にはあれど たのめりし 児らにはあれど 世の中を 背きし得ねば かぎろひの 燃ゆる荒野に 白妙の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば 吾妹子が 形見に置ける みどり児の 乞ひ泣くごとに 取り与ふる 物し無ければ 男じもの 腋ばさみ持ち 吾妹子と 二人わが宿し 枕づく 嬬屋の内に 昼はもうらさび暮し 夜はも 息づき明し 嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふ因を無み 大鳥の 羽易の山に わが恋ふる 妹は座すと 人の言へば 石根さくみて なづみ来し 吉けくもぞなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
・211:去年見てし 秋の月夜は 照らせども 相見し妹は いや年さかる
・212:衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなし
・217:秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる児らは いかさまに 思ひ居れか たく縄の 長き命を 露こそば 朝に置きて 夕には 消ゆといへ 霧こそは 夕に立ちて 朝には失すといへ 梓弓 音聞く我も おほに見し こと悔しきを しきたへの 手枕まきて 剣太刀 身に添へ寝けむ 若草の その夫の子は さぶしみか 思ひて寝らむ 悔しみか 思ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし児らが 朝露のごと 夕霧のごと
・218:楽浪の 志賀津の子らが 罷道の 川瀬の道を 見ればさぶしも
・219:天数ふ 大津の子が 逢ひし日に おほに見しくは 今ぞ悔しき
・220:玉藻よし 讃岐の国は 国柄か 見れども飽かぬ 神柄か ここだ貴き 天地 日月とともに 満り行かむ 神の御面と 云ひ継げる 那珂の港ゆ 船浮けて 吾が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺見れば 白波騒く 鯨魚取り 海を畏み 行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯廻に 廬りて見れば 波の音の 繁き浜辺を 敷栲の 枕になして 荒床に 転臥す君が 家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉ほこの 道だに知らず 欝悒しく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻らは
・221:妻もあらば 摘みて食げまし 狭岑の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや
・222:沖つ波 来寄する荒礒を 敷栲の 枕とまきて 寝せる君かも
・223:鴨山の 岩根し枕ける われをかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむ
・224:今日今日と 吾が待つ君は 石川の 貝に交りて ありといはずやも
・225:直に逢はば 逢ひもかねてむ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ


『万葉集』巻三


・235:大君は 神にし座せば 天雲の 雷上に いほらせるかも
・239:やすみしし 我が大王 高照らす 我が日の皇子の 馬並めて 御狩立たせる 若薦を 猟路の小野に 鹿こそば い匍ひ拝め 鶉こそ い匍ひ廻れ 鹿じもの い匍ひ拝み 鶉なす い匍ひ廻り 畏みと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき 我が大王かも
・240:ひさかたの 天行く月を 綱に刺し 我が大王は 蓋にせり
・249:御津の崎 波を恐み 隠江の 船寄せかねつ 野島の崎に
・250:珠藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島が崎に 舟近づきぬ
・251:淡路の野 島が崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹きかへす
・252:荒栲の 藤江の浦に 鱸釣る 白水郎とか見らむ 旅行くわれを
・253:稲日野も 行き過ぎかてに 思へれば 心恋しき 可古の島見ゆ
・254:ともしびの 明石大門に 入らむ日や 榜ぎ別れなむ 家のあたり見ず
・255:天離る 夷の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ
・256:飼飯の海の 庭好くあらし 刈薦の 乱れ出づ見ゆ 海人の釣船
・256:武庫の海の 庭よくあらし いざりする 海人の釣船 波のうへゆ見ゆ [別本]
・261:やすみしし わが大君 高光る 日の皇子 しきいます 大殿の上に ひさかたの 天伝ひ来る 雪じもの 行き通ひつつ いや常世まで
・262:矢釣山 木立も見えず 降りまがふ 雪につどへる 朝楽しも
・264:もののふの 八十氏河の 網代木に いさよふ波の 行く方知らずも
・266:近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ
・303:名くはしき 稲見の海の 沖つ波 千重に隠りぬ 大和島根は
・304:大王の 遠の朝廷と あり通ふ 島門を見れば 神代し思ほゆ
・423:つのさはふ 磐余の道を 朝さらず 行きけむ人の 思ひつつ 通ひけまくは ほととぎす 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き(一には「貫き交へ」といふ) かづらにせむと 九月の しぐれの時は 黄葉を 折りかざさむと 延ふ葛の いや遠永く(一には「葛の根の いや遠長に」といふ) 万代に 絶えじと思ひて(一には「大船の 思ひたのみて」といふ) 通ひけむ 君をば明日ゆ(一には「君を明日ゆは」といふ) 外にかも見む
・426:草枕 旅の宿に 誰が夫か 国忘れたる 家待たなくに
・428:こもりくの 初瀬の山の 山の際に いさよふ雲は 妹にかもあらむ
・429:山の際ゆ 出雲の児らは 霧なれや 吉野の山の 嶺にたなびく
・430:八雲さす 出雲の子らが 黒髪は 吉野の川の 沖になづさふ


『万葉集』巻四


・496:み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも
・497:古に ありけむ人も わがごとか 妹に恋ひつつ 寝ねかてずけむ
・498:今のみの わざにはあらず いにしへの 人ぞまさりて 哭にさへ泣きし
・499:百重にも 来及かぬかもと 思へかも 君が使の 見れど飽かざらむ
・501:娘子らが 袖布留山の 瑞垣の 久しき時ゆ 思ひき我は
・502:夏野行く 牡鹿の角の 束の間も 妹が心を 忘れて思へや
・503:玉衣の さゐさゐしづみ 家の妹に 物言はず来にて 思ひかねつも
・504:君が家に わが住坂の 家道をも 吾は忘れじ 命死なずは


『万葉集』巻七


・1068:天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
・1087:穴師川 川波立ちぬ 巻向の 弓月が岳に 雲居立てるらし
・1088:あしひきの 山川の瀬の 響なへに 弓月が嶽に 雲立ち渡る
・1092:鳴る神の 音のみ聞きし 巻向の 桧原の山を 今日見つるかも
・1093:三諸の その山なみに 子らが手を 巻向山は 継ぎしよろしも
・1094:我が衣 色取り染めむ 味酒 三室の山は 黄葉しにけり
・1100:巻向の 穴師の川ゆ 行く水の 絶ゆることなく またかへり見む
・1101:ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも 嵐かも疾き
・1118:いにしへに ありけむ人も 吾が如か 三輪の檜原に 挿頭折りけむ
・1119:行く川の 過ぎにし人の 手折らねば うらぶれ立てり 三輪の桧原は
・1247:大汝 少御神の 作らしし 妹背の山を 見らくしよしも
・1248:我妹子と 見つつ偲はむ 沖つ藻の 花咲きたらば 吾に告げこそ
・1249:君がため 浮沼の池の 菱摘むと 吾が染衣 濡れにけるかも
・1250:妹がため 菅の実採りに 行きし吾 山道に惑ひ この日暮らしつ
・1268:子らが手を 巻向山は 常にあれど 過ぎにし人に 行きまかめやも
・1269:巻向の 山辺響みて 行く水の 水沫のごとし 世の人我れは
・1273:住吉の 波豆麻の君が 馬乗衣 さひづらふ漢女を 据ゑて縫へる衣ぞ
・1275:住吉の 小田を刈らす子 奴かもなき 奴あれど 妹がみためと 私田刈る
・1276:池の辺の 小槻の下の 小竹な刈りそね それをだに 君が形見に 見つつ偲はむ
・1281:君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ 春さらば いかなる色に 擢りてば良けむ
・1282:梯立の 倉橋山に 立てる白雲 見まく欲り 我がするなへに 立てる白雲
・1283:はしたての 倉橋川の 石の橋はも 男盛りに 我が渡りてし 石の橋はも
・1285:春日すら 田に立ち疲る 君は哀しも 若草の 嬬無き君が 田に立ち疲る
・1287:青みづら 依網の原に 人も逢はぬかも 石走る 近江県の 物語りせむ
・1288:水門の葦の 末葉を誰か 手折りしわが背子が 振る手を見むと われぞ手折りし
・1290:海の底 沖つ玉藻の なのりその花 妹と我れと ここにしありと なのりその花
・1291:この岡に 草刈る小子 然な刈りそね ありつつも 君が来まさば 御馬草にせむ
・1294:朝月の 日向の山に 月立てり見ゆ 遠妻を 待ちたる人し 見つつ偲はむ
・1297:紅に 衣染めまく 欲しけども 着てにほはばか 人の知るべき
・1300:をちこちの 礒の中なる 白玉を 人に知らえず 見むよしもがも
・1304:天雲の たなびく山の 隠りたる 我が下心 木の葉知るらむ
・1305:見れど飽かぬ 人国山の 木の葉をし 我が心から なつかしみ思ふ
・1308:大海を 候ふ港 事しあらば いづへゆ君は 我を率しのがむ


『万葉集』巻八


・1470:もののふの 石瀬の社の 霍公鳥 今も鳴かぬか 山の常蔭に


『万葉集』巻九


・1687:白鳥の 鷺坂山の 松陰に 宿りて行かな 夜も更けゆくを
・1694:栲領巾の 鷺坂山の 白つつじ 我れににほはに 妹に示さむ
・1695:妹が門 入り泉川の 常滑に み雪残れり いまだ冬かも
・1709:御食むかふ 南淵山の 巌には 落れる斑雪か 消え残りたる
・1710:我妹子が 赤裳湿ちて 植ゑし田を 刈りて収めむ 倉無の浜
・1711:百伝ふ 八十の島廻を 漕ぎ来けど 粟の小島は 見れど飽かぬかも
・1715:楽浪の 比良山風の 海吹けば 釣する海人の 袂かへる見ゆ
・1761:三諸の 神奈備山に たち向ふ 御垣の山に 秋萩の 妻をまかむと 朝月夜 明けまく惜しみ あしひきの 山彦響め 呼びたて鳴くも
・1762:明日の宵 逢はざらめやも あしひきの 山彦響め 呼びたて鳴くも
・1796:もみち葉の 過ぎにし子らと 携はり 遊びし磯を 見れば悲しも
・1797:潮気たつ 荒磯にはあれど 行く水の 過ぎにし妹が 形見とぞ来し
・1798:いにしへに 妹と吾が見し ぬば玉の 黒牛潟を 見れば寂しも
・1799:玉津島 磯の浦廻の 真砂(まなご)にも にほひて行かな 妹が触りけむ


『万葉集』巻十


・1812:ひさかたの 天の香具山 このゆふへ 霞たなびく 春立つらしも
・1814:いにしへの 人の植ゑけむ 杉が枝に 霞たなびく 春は来ぬらし
・1817:今朝行きて 明日には来なむと 云ひしがに 朝妻山に 霞たなびく
・1818:子等が名に 懸けのよろしき 朝妻の 片山ぎしに 霞たなびく
・1891:冬こもり 春咲く花を 手折り持ち 千たびの限り 恋ひわたるかも
・1895:春されば まづさきくさの 幸くあらば 後にも逢はむな 恋ひそ我妹
・1896:春されば しだり柳の とををにも 妹は心に 乗りにけるかも
・1996:天の川 水さへに照る 舟泊てて 舟なる人は 妹と見えきや
・1997:久方の 天の川原に ぬえ鳥の うら歎げましつ すべなきまでに
・1998:我が恋を 嬬は知れるを 行く舟の 過ぎて来べしや 言も告げなむ
・1999:赤らひく 色ぐはし子を しば見れば 人妻ゆゑに 我れ恋ひぬべし
・2000:天の川 安の渡りに 舟浮けて 秋立つ待つと 妹に告げこそ
・2001:大空ゆ 通ふ我れすら 汝がゆゑに 天の川道を なづみてぞ来し
・2002:八千桙の 神の御代より ともし妻 人知りにけり 継ぎてし思へば
・2003:我が恋ふる 丹の秀の面わ こよひもか 天の川原に 石枕まかむ
・2004:己夫に ともしき子らは 泊てむ津の 荒礒巻きて寝む 君待ちかてに
・2005:天地と 別れし時ゆ 己が妻 しかぞ年にある 秋待つ我れは
・2006:彦星は 嘆かす妻に 言だにも 告げにぞ来つる 見れば苦しみ
・2007:ひさかたの 天つしるしと 水無し川 隔てて置きし 神代し恨めし
・2008:ぬばたまの 夜霧に隠り 遠くとも 妹が伝へは 早く告げこそ
・2009:汝が恋ふる 妹の命は 飽き足らに 袖振る見えつ 雲隠るまで
・2010:夕星も 通ふ天道を いつまでか 仰ぎて待たむ 月人壮士
・2011:天の川 い向ひ立ちて 恋しらに 言だに告げむ 妻と言ふまでは
・2012:白玉の 五百つ集ひを 解きもみず 我は干しかてぬ 逢はむ日待つに
・2013:天の川 水蔭草の 秋風に 靡かふ見れば 時は来にけり
・2014:我が待ちし 秋萩咲きぬ 今だにも にほひに行かな 彼方人に
・2015:我が背子に うら恋ひ居れば 天の川 夜舟漕ぐなる 楫の音聞こゆ
・2016:ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かな
・2017:恋ひしくは 日長きものを 今だに もともしむべしや 逢ふべき夜だに
・2018:天の川 去年の渡りで 移ろへば 川瀬を踏むに 夜ぞ更けにける
・2019:いにしへゆ あげてし服も 顧みず 天の川津に 年ぞ経にける
・2020:天の川 夜船を漕ぎて 明けぬとも 逢はむと思ふ夜 袖交へずあらむ
・2021:遠妻と 手枕交へて 寝たる夜は 鶏がねな鳴き 明けば明けぬとも
・2022:相見らく 飽き足らねども いなのめの 明けさりにけり 舟出せむ妻
・2023:さ寝そめて いくだもあらねば 白栲の 帯乞ふべしや 恋も過ぎねば
・2024:万代に たづさはり居て 相見とも 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
・2025:万代に 照るべき月も 雲隠り 苦しきものぞ 逢はむと思へど
・2026:白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは
・2027:我がためと 織女の そのやどに 織る白栲は 織りてけむかも
・2028:君に逢はず 久しき時ゆ 織る服の 白栲衣 垢付くまでに
・2029:天の川 楫の音聞こゆ 彦星と 織女と 今夜逢ふらしも
・2030:秋されば 川霧立てる 天の川 川に向き居て 恋ふる夜ぞ多き
・2031:よしゑやし 直ならずとも ぬえ鳥の うら嘆げ居りと 告げむ子もがも
・2032:一年に 七日の夜のみ 逢ふ人の 恋も過ぎねば 夜は更けゆくも [一云 尽きねば さ夜ぞ明けにける]
・2033:天の川 安の川原 定まりて 神競は 時待たなくに
・2094:さを鹿の 心相思ふ 秋萩の しぐれの降るに 散らくし惜しも
・2095:夕されば 野辺の秋萩 うら若み 露にぞ枯るる 秋待ちかてに
・2313:あしひきの 山かも高き 巻向の 岸の子松に み雪降り来る
・2314:巻向の 檜原もいまだ 雲居ねば 小松が末ゆ 沫雪流る
・2333:降る雪の 空に消ぬべく 恋ふれども 逢ふよしなしに 月ぞ経にける
・2334:沫雪は 千重に降りしけ 恋ひしくの 日長き我れは 見つつ偲はむ


『万葉集』巻十一


・2352:新室を 踏み鎮む子し 手玉鳴らすも 玉の如 照りたる君を 内へと白せ
・2353:長谷の 五百槻が下に 吾が隠せる妻 茜さし 照れる月夜に 人見てむかも
・2355:愛しと 吾が念ふ妹は 早も死ねやも 生けりとも吾に依るべしと 人の言はなくに
・2356:高麗錦 紐の片方ぞ 床に落ちにける 明日の夜し 来なむと言はば 取り置きて待たむ
・2357:朝戸出の 君が足結を ぬらす露原 早く起き 出でつつ吾も 裳裾ぬらさな
・2368:たらちねの 母が手放れ 斯くばかり 為方なき事は いまだ為なくに
・2369:人の寝る 味寐は寝ずて 愛しきやし 君が目すらを 欲りし嘆かむ
・2391:玉かぎる 昨日の夕 見しものを 今日の朝に 恋ふべきものか
・2394:朝影に わが身はなりぬ 玉かぎる ほのかに見えて 去にし子ゆゑに
・2395:行き行きて 逢はぬ妹ゆゑ ひさかたの 天の露霜に 濡れにけるかも
・2396:たまさかに 我が見し人を いかならむ よしをもちてか また一目見む
・2399:朱らひく 膚に触れずて 寝たれども 心を異しく 我が念はなくに
・2401:恋ひ死なば 恋ひも死ねとや 我妹子が 吾家の門を 過ぎて行くらむ
・2408:眉根掻き 鼻ひ紐解け 待つらむか いつかも見むと 思へる我れを
・2413:故もなく 我が下紐を 解けしめて 人にな知らせ 直に逢ふまでに
・2414:恋ふること 慰めかねて 出で行けば 山も川をも 知らず来にけり
・2416:ちはやぶる 神の持たせる 命をば 誰がためにかも 長く欲りせむ
・2417:石上 布留の神杉 神さびて 恋をもわれは 更にするかも
・2421:来る道は 岩踏む山は なくもがも 我が待つ君が 馬つまづくに
・2425:山科の 木幡の山を 馬はあれど 歩ゆ吾が来し 汝を念ひかね
・2436:大船の 香取の海に 碇おろし 如何なる人か 物念はざらむ
・2441:隠り沼の 下ゆ恋ふれば すべをなみ 妹が名告りつ 忌むべきものを
・2449:香具山に 雲居たなびき おほほしく 相見し子らを 後恋ひむかも
・2452:雲だにも しるくし立たば 慰めて 見つつも居らむ 直に逢ふまでに
・2453:春柳 葛城山に 立つ雲の 立ちても居ても 妹をしぞ思ふ
・2455:我がゆゑに 言はれし妹は 高山の 嶺の朝霧 過ぎにけむかも
・2456:ぬばたまの 黒髪山の 山菅に 小雨零りしき しくしく思ほゆ
・2461:山の端を 追ふ三日月の はつはつに 妹をぞ見つる 恋ほしきまでに
・2465:我背子に 吾が恋ひ居れば 吾が屋戸の 草さへ思ひ うらがれにけり
・2467:道の辺の草深百合の後もと言ふ妹が命を我れ知らめやも
・2469:山ぢさの 白露重み うらぶれて 心も深く 我が恋やまず
・2475:我が宿の 軒にしだ草 生ひたれど 恋忘れ草 見れどいまだ生ひず
・2480:道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は
・2495:垂乳根の 母が養ふ蚕の 繭隠り こもれる妹を 見むよしもがも
・2504:解き衣の 恋ひ乱れつつ 浮き真砂 生きても我れは ありわたるかも
・2513:鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ


『万葉集』巻十二


・2841:わが背子が 朝けの形 能く見ずて 今日の間を 恋ひ暮らすかも
・2843:愛しみ 我が念ふ妹を 人みなの 行く如見めや 手にまかずして
・2845:忘るやと 物語りして 心遣り 過ぐせど過ぎず なほ恋ひにけり
・2846:夜も寝ず 安くもあらず 白栲の 衣は脱かじ 直に逢ふまでに
・2851:人の見る 上は結びて 人の見ぬ 下紐開けて 恋ふる日ぞ多き
・2858:妹に恋ひ 寐ねぬ朝明に 吹く風は 妹にし触れは 我れさへに触れ
・2862:山河の 水陰に生ふる 山菅の 止まずも妹が おもほゆるかも
・2863:浅葉野に 立ち神さぶる 菅の根の ねもころ誰が ゆゑ我が恋ひなくに


『万葉集』巻十三


・3254:磯城島の 大和の国は 言霊の 助くる国ぞ ま幸くありこそ
・3309:物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをぞも 汝れに寄すといふ 汝はいかに思ふや 思へこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川の 下にも長く 汝が心待て


『万葉集』巻十四


・3417:上つ毛野 伊奈良の沼の 大藺草 外に見しよは 今こそまされ
・3481:あり衣の さゑさゑしづみ 家の妹に 物言はず来にて 思ひ苦しも


『万葉集』巻十五


・3609:笥飯の海の 刈り薦の 乱れていづみゆ 海人の釣舟

matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。