生根神社(奥の天神) [大阪府]
2016/06/18
大阪市住吉区住吉にある生根神社(いくねじんじゃ)です。
住吉大社の元摂社であり、通称「奥の天神」と呼ばれているとされています。
神社概要
由緒
由緒書によれば、創建年代は不明※なものの、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』において、式内官幣大社に列せられた有力な神社であったとされています。
なお、祭神の少彦名命(スクナヒコナ)は酒造の祖神として崇められているとされ、神功皇后(住吉大社を創建した)も当社で酒を造り、住吉三神(住吉大社の主祭神)に献上したと云われているそうです。
また、生根神社の別名である「奥の天神」は「住吉大社の奥の天満宮」を指しているとも云われ、一説には「沖の天津神(少彦名神)」に由来するとも云われているとされています。
※『式内社調査報告』には"社伝によると本社は住吉大社鎮座以前の創立と云ふが、『住吉大社神代記』には「生根神」の名は見えない"とある
祭神
生根神社の祭神は以下の通りです。
主祭神
・少彦名命(スクナヒコナ):一般的に大己貴神と共に開拓神として知られる(当社では「生根神」とも称される)
→ 『神名帳考證』では活津彦根命(イクツヒコネ)とされる
・少彦名命(スクナヒコナ):一般的に大己貴神と共に開拓神として知られる(当社では「生根神」とも称される)
→ 『神名帳考證』では活津彦根命(イクツヒコネ)とされる
境内社
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生根神社の境内社は以下の通りです。
摂社
・天満宮(菅原神社):菅原道真公を祀る
→ 御神体の菅公の木製神像は文明14年(1482年)の作で、近々国宝に指定されると謳われている。
末社
・塞神社:源氏の武士八名、賽神を祀る
→ 社殿の前に由緒書がある(要約して記載)
⇒ 源平合戦や保元の乱の後、摂津国の住吉に逃げのびた源氏の武士8名と その郎党は当地を開拓したという
⇒ 応保元年(1161年)に開拓事業を成し遂げ、当地を粉浜村と名付けたという
⇒ 当社は代々粉浜村創立八家の氏神とされ、その中心となった八名と賽神を併祀するとされる
・種貸神社:祭神不詳(倉稲魂命か?)
・竜王社:祭神不詳
・稲荷社:天浄大神(天浄稲荷大神)を祀る
・天満宮(菅原神社):菅原道真公を祀る
→ 御神体の菅公の木製神像は文明14年(1482年)の作で、近々国宝に指定されると謳われている。
末社
・塞神社:源氏の武士八名、賽神を祀る
→ 社殿の前に由緒書がある(要約して記載)
⇒ 源平合戦や保元の乱の後、摂津国の住吉に逃げのびた源氏の武士8名と その郎党は当地を開拓したという
⇒ 応保元年(1161年)に開拓事業を成し遂げ、当地を粉浜村と名付けたという
⇒ 当社は代々粉浜村創立八家の氏神とされ、その中心となった八名と賽神を併祀するとされる
・種貸神社:祭神不詳(倉稲魂命か?)
・竜王社:祭神不詳
・稲荷社:天浄大神(天浄稲荷大神)を祀る
境内の見どころ
注連石
生根神社の注連石(しめいし)です。
拝殿
生根神社の拝殿です。
本殿
生根神社の本殿です。
もちの木
生根神社の もちの木です。
樹齢500年に以上とされています。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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