止止呂支比賣命神社 [大阪府]
2016/06/19
大阪市住吉区にある止止呂支比売命神社(とどろきひめのみことじんじゃ)です。
素盞鳴尊と稲田姫尊を祀っており、古くは住吉大社の摂社(奥の院)とされていたそうです。
神社概要
由緒
由緒書によれば、創建年代は不明とされるものの、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』に当社の名が挙げられているとされています(すなわち、創建は少なくとも平安期に遡る)。
また、社名の由来は境内にあったとされる轟池に架かっていた「トドロキ」という橋に由来しており、古くは住吉大社の摂社(奥の院)として奉斎されていたそうです。
その後、承久3年(1221年)に後鳥羽上皇が行幸の折に当社境内(池内)に行宮を築造し、これによって「若松神社」または「若松宮」と称されることになったとされています。
なお、『式内社調査報告』によれば、『日本書紀』の「神功皇后記」に見られる「神田に水を引こうして水路を造っていた際、迹驚崗で大岩が水路を塞いでいたため、神功皇后は武内宿禰を召して剣と鏡を捧げて水路が通るように神祇に祈らせた。すると、雷電霹靂(カムトキ)が激しく鳴り、岩を砕いて水路を通した」との逸話が創建の由緒になっているのではないか、と推測されているようです。
祭神
止止呂支比賣命神社の祭神は以下の通りです。
主祭神
・素盞鳴尊(スサノヲ):出雲の祖神
・稲田姫尊(イナタヒメ):スサノオの后
・素盞鳴尊(スサノヲ):出雲の祖神
・稲田姫尊(イナタヒメ):スサノオの后
境内社
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止止呂支比賣命神社の境内社は以下の通りです。
・霰松原荒神社(あられまつばらあらじんじゃ):三宝荒神、大国主命、事代主命を祀る
→ 式内 天水分豊浦命神社(あめのみくまりとようらのみことじんじゃ)でもある
⇒ 古くは住吉大社の関連社であったが、明治期に独立して当地に遷座したとされる
⇒ 現在は止止呂支比賣命神社の摂社となっている
→ 三宝荒神は天水分命、奥津彦命、奥津姫命を指すとされる(カグツチでは無い)
・黒長社:黒長大神を祀る
→ 古来より存在している、当社の「神木」と「神木に棲む蛇」への信仰に基づく神社とされる
→ 願望成就の霊験が得られるとされている
・稲荷社:祭神不詳(稲荷神か?)
→ 厳密には社名は不詳(狐像が祀られていることから稲荷社に比定)
→ 式内 天水分豊浦命神社(あめのみくまりとようらのみことじんじゃ)でもある
⇒ 古くは住吉大社の関連社であったが、明治期に独立して当地に遷座したとされる
⇒ 現在は止止呂支比賣命神社の摂社となっている
→ 三宝荒神は天水分命、奥津彦命、奥津姫命を指すとされる(カグツチでは無い)
・黒長社:黒長大神を祀る
→ 古来より存在している、当社の「神木」と「神木に棲む蛇」への信仰に基づく神社とされる
→ 願望成就の霊験が得られるとされている
・稲荷社:祭神不詳(稲荷神か?)
→ 厳密には社名は不詳(狐像が祀られていることから稲荷社に比定)
境内の見どころ
鳥居
止止呂支比賣命神社の鳥居です。
拝殿
止止呂支比賣命神社の拝殿です。
拝殿内
止止呂支比賣命神社の拝殿内の様子です。
内部には祭祀に使う太鼓や船の模型などが見られます(何故かガチャポンもある)。
本殿
止止呂支比賣命神社の本殿です。
遥拝殿
止止呂支比賣命神社の遥拝殿です(何処を指すか不明)。
御神木
止止呂支比賣命神社の御神木です。
若松行宮跡の碑
止止呂支比賣命神社の若松行宮跡の碑です。
此処に後鳥羽上皇の若松行宮が在ったとされています。
黒長社
止止呂支比賣命神社の境内社・黒長社です。
社殿の背後に御神木があり、その脇に蛇像が奉納されています。
黒長社の蛇像
黒長社の蛇像です。
霰松原荒神社内
止止呂支比賣命神社の境内社・霰松原荒神社の内部です。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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