刃の宮地蔵・孫太郎稲荷 [兵庫県]
2019/06/04
兵庫県姫路市にある刃の宮地蔵(はのみやじぞう)です。
三条小鍛冶宗近にまつわる史跡であり、敷地内には地蔵堂と孫太郎稲荷社があります。
概要
石碑によれば、京都の刀匠・宗近(三条小鍛冶の祖)が豊前の宇佐八幡宮に神剣を奉納に行く途中に歯痛によって床に伏した際、夢で「下向せずに当地で剣を打って松原八幡宮に奉納せよ」との神託を受け、京都からやってきた鉄匠の孫太郎狐と共に剣を打って松原八幡宮に奉納したという伝説にまつわる史跡であるとされています。石碑の内容は以下のとおりです。
【刃の宮地蔵尊史】
平安末期の頃(一条天皇)、京三條の刀匠・小鍛治宗近が豊前(福岡県)の宇佐八幡宮に神釼(神剣)を奉納する為に下向の途中、この地(芝原村)にて病(歯痛)に臥した。ある夜、夢に老翁が現れて「御神体は先年 当国(播磨国)の松原八幡宮に移りし故、豊前まで下向するに及ばず、この地にて釼を鍛えて八幡宮に奉納せよ」と言った。
宗近は相槌(鍛冶の助手)がいないため神託に従うかどうか迷っていると、都より稲荷神使の鉄匠・孫太郎狐が来て相槌を打つことになり、共に一口の神釼を鍛えて松原八幡宮に奉納し、後にこの地で没した。里人らは その跡に一宇の小堂を建て、宗近の帰依した石体の地蔵尊を安置して冥福を祈り、世にこれを「刃の宮」または「歯の地蔵」とあがめ祀って今日に至っている。
平安末期の頃(一条天皇)、京三條の刀匠・小鍛治宗近が豊前(福岡県)の宇佐八幡宮に神釼(神剣)を奉納する為に下向の途中、この地(芝原村)にて病(歯痛)に臥した。ある夜、夢に老翁が現れて「御神体は先年 当国(播磨国)の松原八幡宮に移りし故、豊前まで下向するに及ばず、この地にて釼を鍛えて八幡宮に奉納せよ」と言った。
宗近は相槌(鍛冶の助手)がいないため神託に従うかどうか迷っていると、都より稲荷神使の鉄匠・孫太郎狐が来て相槌を打つことになり、共に一口の神釼を鍛えて松原八幡宮に奉納し、後にこの地で没した。里人らは その跡に一宇の小堂を建て、宗近の帰依した石体の地蔵尊を安置して冥福を祈り、世にこれを「刃の宮」または「歯の地蔵」とあがめ祀って今日に至っている。
刃の宮地蔵
刃の宮地蔵の御堂です。
当地の里人が刀匠・宗近の没後に冥福を祈るために建てたといわれています。
孫太郎稲荷大神
孫太郎稲荷の社殿です。
宗近とともに剣を打ったとされる孫太郎狐にちなんだ稲荷社だと思われます。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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コメント
2 件のコメント :
こんにちは、私も行きました。
本文に書かれた由来にある、松原八幡宮は「移る故」でなく「移りし故」です。前後で解釈が違ってきます。
クマさんへ
修正しました。細かいご指摘ありがとうございます^^
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