人文研究見聞録:石見神楽

島根県の石見地方に伝わる伝統芸能「石見神楽(いわみかぐら)」です。地元では主に「舞(まい)」と呼ばれており、他方とは一風変わった演劇性の強い神楽として知られています。

なお、石見神楽は島根県西部(石見地方)や広島県北西部(安芸地方北部)では盛んに公演されており、基本的に無料で観覧できます(神社をはじめ、大型スーパーなどでも行われています)。

下記に、神楽石見神楽の概要について解説しましたので、ぜひご覧ください。


神楽とは?

人文研究見聞録:神楽とは?

神楽(かぐら)とは、神道において神に奉納するために奏される歌舞を指します。

神楽は、宮中で行われる御神楽と、民間で行われる里神楽2種類に分類されます。

・御神楽(みかぐら):宮中祭祀の一つとして賢所(皇居)で行われる神楽を指します。
・里神楽(さとかぐら):一般的に「神楽」を指し、主に巫女神楽・採物神楽・湯立神楽・獅子神楽の4種類に分類される

また、神楽の語源として、「神座(かむくら)」が転じて「かぐら」となったというのが定説とされており、「神座」とは主に「神の宿るところ」を意味します。なお、「神が宿るところ」とは、神々が降りる「場所」および、歌舞などの「所作全般」を指すとも解釈されています。そのため、そこで行われる神人一体の宴(うたげ)が「神楽」と呼ばれるようになったと考えられています。

そして、主に神社の祭礼行事として執り行われ、そこでは巫(かんなぎ)や巫女(みこ)が神懸かり、人々と交流したり、穢れを祓ったりする儀式として歌舞が行われます(巫女が出ない神楽もある)。また、神楽の種類によっては伝統芸能の一環として執り行われる事も多く、地域によっては演劇として定期的に公演されています。

なお、芸能としての神楽の様式は平安中期に成立したとされており、記紀神話における岩戸隠れの段で、アメノウズメが神懸かって舞ったことが神楽の起源とされているそうです。

※ここで言う「神懸かり」とは、いわゆるトランス状態(変性意識状態)を指す。


石見神楽とは?

人文研究見聞録:石見神楽とは?

石見神楽(いわみかぐら)とは、島根県西部(石見地方)と広島県北西部(安芸地方北部)に伝統芸能として受け継がれている神楽を指し、主に日本神話などを題材とした演劇の要素を含む神楽とされています。

その起源には諸説あり、主な説では田楽(でんがく)※1の流れを汲む大元神楽※2をルーツとし、出雲流神楽・能・狂言・歌舞伎などの影響を受けて演劇性を増し、現在の石見神楽が形成されたとされています。なお、津和野弥生神社に伝わる「鷺舞(さぎまい)」も、田楽の流れを汲む神楽の一種であるとされています。

また、石見神楽は演劇性・エンターテインメント性を強めた大衆的な芸能として発展しており、一般的な神楽のイメージとは一線を画した「軽快かつ、激しい囃子と舞い」が特徴とされています。そのため、盛んに公演する石見地方や広島県北西部では子供から老人にまで幅広く人気があり、近年では全国各地での上演機会も増えているんだそうです。

石見神楽の演目は、日本神話や有名な伝説をモチーフにしたものが多く、中でもスサノオの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治を題材とした「大蛇(おろち)」が非常に人気があるとされています。

人文研究見聞録:石見神楽の演目「大蛇(おろち)」
石見神楽「大蛇」

石見神楽が見られる地域

石見神楽は、主に島根県(主に石見)広島県の一部での公演が盛んであり、年中行われています。

一方、京都市内でも行われることが多く、八坂神社祇園祭粟田神社粟田祭での公演が有名です。

なお、粟田祭で行われた石見神楽の様子は以下の動画の通りです。




石見神楽の演目

石見神楽の主な演目は以下の通りです。

石見神楽の演目一覧

塩祓(四方祓い)

人文研究見聞録:石見神楽

現在の石見神楽において最も基本であり、最も大事にされている儀式舞。

かつては「神楽」が奉納神楽の第一演目だったが現在ではほとんどの団体が省略しており、これが第一演目となる。

神を招く為に神楽殿を清め祓う意。神楽競演の大会でもこの塩祓だけは競技としての演目ではなくあくまで儀式として扱われる。

動画:石見神楽 塩祓(Youtube)

大蛇(おろち)

人文研究見聞録:石見神楽

「石見神楽の華」と称されるほどの花形演目で、多くの神楽上演において最終演目として披露される。

日本神話におけるスサノオの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治を題材とした内容で、数頭の大蛇がスサノオと大格闘を繰り広げる壮大なスケールの舞いが見られる。

動画:石見神楽 大蛇(Youtube)

岩戸(いわと)

人文研究見聞録:石見神楽

日本神話におけるアマテラスの岩戸隠れの説話を神楽化したもの。

岩戸が開かれた後、演者は面を外して「喜びの舞」を舞い、土地の平和・繁栄を祈願する演出が特徴である。

動画:石見神楽 岩戸(Youtube)

恵比須(えびす)

人文研究見聞録:石見神楽

釣り好きの神とされる えびす神が鯛釣りをする様子を神楽化したもの。時系列では国譲りより後に位置づけられる。

微笑ましい表情の神楽面と愛くるしい身振り手振りで舞い、また演目の中で撒餌のかわりに餅や菓子などを客席へ投げ込む演出が見られるため、特に子供達から人気のある演目である。

動画:石見神楽 恵比須(Youtube)

大江山(おおえやま)

人文研究見聞録:石見神楽

源頼光らによる酒呑童子討伐の説話を神楽化したもの。

筋立てや登場人物は地方・団体によって様々だが、源頼光・渡辺綱・坂田金時・酒呑童子・茨木童子は概ね登場する。

動画:石見神楽 大江山(Youtube)

鹿島(かしま)

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「国受」「国譲り」とも。葦原中国平定を基にした神楽。

経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌神(タケミカヅチ)は出雲国を治める大国主命と国譲りの交渉を行い、大国主命とその第一子事代主命(コトシロヌシ)は承諾する。

しかし、第二子の建御名方命(タケミナカタ)は不服を唱え、経津主神に力比べを挑むが降参して国を譲るという内容。

石見神楽としては珍しい、神同士が格闘を行う演目。この格闘は、相撲の起源とも言われており、古事記では建御名方命と武甕槌神の戦いが描かれている。

動画:石見神楽 鹿島(Youtube)

かっ鼓(かっこ)

人文研究見聞録:石見神楽

切目王子に仕える神禰宜(かんねぎ)が熊野大社の祭礼御神楽に備え、高天原から降りた熊野の宝物「羯鼓(かっこ)太鼓」をよく鳴る場所へ工夫して据えようと舞う神楽。

切目の神が気に入る所へなかなか据えられず、何度も据え替える様がコミカルに演じられる。

動画:石見神楽 かっ鼓(Youtube)

切目(きりめ)

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切目の王子と介添が登場し、神と陰陽五行説について問答し羯鼓を打ち鳴らし天下泰平・国家安泰を祈るという内容。

演目「かっ鼓」と連の舞いを形成する。熊野から出向いた御師・先達・比丘尼などが一種の芸能として石見地方に残したものを神楽化した演目である。

動画:石見神楽 切目(Youtube)

貴船(きふね)

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能の演目「鉄輪(かなわ)」を基にした舞。

夫に捨てられた妻が貴船明神の御神託によって鬼女に変貌、夫を呪い殺そうとする。夫は陰陽師・安倍晴明から身代わりの藁人形を授かり難を逃れ、鬼女は退散するという内容。

動画:石見神楽 貴船(Youtube)

黒塚(くろづか)

人文研究見聞録:石見神楽

「悪狐伝」とも。能楽(謡曲)殺生石の伝承と、「安達原」(観世流以外での呼称は「黒塚」)とを組み合わせた演目。

祐慶法印と剛力は諸国行脚の途上、那須野ヶ原で金毛九尾の悪狐と対峙、剛力は食われ祐慶は辛くも逃げ去る。この悪狐を、弓取りの三浦介・上総介が退治するという内容。

祐慶と剛力のユーモアある会話や演者が客席にも乱入して戦うなど、娯楽要素も盛り込まれ人気演目となっている。

動画:石見神楽 黒塚(Youtube)

五神(ごじん)

人文研究見聞録:石見神楽

「五行」「五郎王子」「五龍王」とも。

春夏秋冬を統治する兄四神に対し、第五子の埴安大王が所領分配を要求するも拒絶され、合戦に及ぶ。そこに式部の老人が現れ春夏秋冬に各々土用を設け、また領地を東西南北と中央に分けこれを埴安大王に分け与えるよう仲裁し落着するという内容。

陰陽五行思想の哲理も取り入れた神楽で、夜神楽奉納では最終演目として舞われる。

動画:石見神楽 五神(Youtube)

鍾馗(しょうき)

人文研究見聞録:石見神楽

唐の玄宗皇帝を病に苦しめる疫神を、鍾馗が退治するという物語。鐘馗はスサノオが唐に渡り改名した姿との解釈で演じられる場合もある。

力強く重厚感のある舞であり、また鍾馗が退治に使う茅の輪は夏の無病息災を願う神社縁起「茅の輪くぐり」のルーツと言われる。

動画:石見神楽 鍾馗(Youtube)

塵輪(じんりん)

人文研究見聞録:石見神楽

「人皇」とも。第14代天皇、仲哀天皇の塵輪征伐を神楽化したもの。

石見神楽の代表的な鬼舞であり、地方によって三神三鬼・二神二鬼または二神一鬼にて激闘を繰り広げる。

仲哀天皇実在の真偽は定かでないが、仲哀天皇が治めたとされるのは西日本地域でかつ演目の中で塵輪を「黒雲に乗飛び来たり・・」と表現する節があり「塵輪は台風である」との見方もある。

下関に鎮座する忌宮神社には仲哀天皇が豊浦宮に攻め寄せた塵倫と九州の豪族・熊襲を苦戦の末、撃退したという社伝があり、由来の祭りとして数方庭祭がある。

動画:石見神楽 塵輪(Youtube)

道がえし(ちがえし)

人文研究見聞録:石見神楽

「鬼返し」とも。武甕槌神(タケミカヅチ)が、人を喰らい万国を荒らす大悪鬼を退治するという内容。

他演目で現れる鬼はほぼ全て討ち取られる結末だが、本演目では「人を喰らわず、九州高千穂の稲を食すように」と武甕槌神が諭し、鬼は降参して高千穂で農業に従事する筋立てとなっている。

動画:石見神楽 道がえし(Youtube)

天神(てんじん)

人文研究見聞録:石見神楽

藤原時平の讒言により大宰府に左遷された菅原道真が死後天神となり、随身を従え時平を成敗するという内容。

石見神楽の中でも特に激しい舞として知られ、衣装の早変わりも特徴である。

動画:石見神楽 天神(Youtube)

八幡(はちまん)

人文研究見聞録:石見神楽

宇佐神宮の八幡神とされる八幡麻呂が、人々に害をなす第六天の悪魔王を退治するという内容。

シンプルな構成の鬼舞であり、子供神楽で演じられる事も多い。

動画:石見神楽 八幡(Youtube)

八十神(やそがみ)

人文研究見聞録:石見神楽

「大国」とも。古事記における「大国主の神話」の部分を神楽化したもの。

大国主の兄弟である八十神たちは八上姫(ヤガミヒメ)を我がものにしようと恋敵の大国主を様々な謀で殺そうとするが、大国主はこれを撃退するという内容。

なお古事記では撃退できず、一旦殺されてしまう。

動画:石見神楽 八十神(Youtube)

日本武尊(やまとたけるのみこと)

人文研究見聞録:石見神楽

古事記における日本武尊の東征を神楽化したもの。

賊首の野火攻めに遭った日本武尊が、倭姫命より授けられた天叢雲剣で草を薙ぎ払い賊を退治し、宝剣を「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」と称するまでの内容。

賊首が平易な地元の方言で日本武尊打倒の策を練るなど、ユーモアも取り入れて演じられる場合も多い。

動画:石見神楽 日本武尊(Youtube)

頼政(よりまさ)

人文研究見聞録:石見神楽

平家物語における、近衛天皇の御宇・源頼政による鵺退治の説話を神楽化したもの。

石見神楽の中でも最も娯楽性の高い演目の一つとされ、小猿役が観客席を走り回るなどの楽しい演出も見られる。

動画:石見神楽 頼政(Youtube)

神楽(かぐら)

人文研究見聞録:石見神楽

奉納神楽の一番最初に舞う舞で「鈴神楽」とも言い、手には鈴と扇を持って舞う。

動画:石見神楽 鈴神楽(Youtube)

神迎(かんむかえ)

人文研究見聞録:石見神楽

烏帽子、狩衣姿で、手には小さい幣と輪鈴、扇を持って舞う。東西南北、四方を清め神を迎える。

動画:石見神楽 神迎(Youtube)

四剣(しけん)

人文研究見聞録:石見神楽

四人が神楽歌、囃子に合わせて舞い、東・西・南・北・中央の神々を静め、舞殿を清める儀式舞い。四人で襷(たすき)がけをして、左手に剣、右手に鈴を持って舞う。

動画:石見神楽 四剣(Youtube)

神祇太鼓(じんぎだいこ)

人文研究見聞録:石見神楽

「胴の口」とも言う、舞はなく囃子(大太鼓と小太鼓、手拍子、笛)だけで演じる神楽の中でも珍しいものである。

胴とは大太鼓のことで、新調した太鼓と古い太鼓のたたき比べをする太鼓開きの時などにも演じられる。

石見神楽の中の色々な音曲を組み合せて作られた集大成ともされ、前の手・中の手・後の手と太鼓の拍子、また歌が変わる。

動画:石見神楽 神祇太鼓(Youtube)

天蓋(てんがい)

人文研究見聞録:石見神楽

天蓋(雲とも呼ばれる、舞座の上に四角形に竹を組んだもの)の下に、一尺角位の小天蓋を綱で吊り下げ、これを自由自在に踊らせる曲芸的な神楽。

四剣と同様東、西、南、北、中央、五方の神々をそれぞれの小天蓋で清め、神の心を静める儀式舞い。

動画:石見神楽 天蓋(Youtube)

真榊(まさかき)

人文研究見聞録:石見神楽

烏帽子、狩衣姿で右手に輪鈴、左手に榊の枝を持ち、東西南北、四方を舞い清める神事舞。

動画:石見神楽 真榊(Youtube)
十羅(じゅうら)

人文研究見聞録:石見神楽

「十羅刹女」とも。十羅刹女は須左之男命の末娘で、血気盛んな美貌の女神である。

彦羽根が対馬に渡らんとして舟を出した処、大時化に遭い、命辛々辿り着いた。ところが大八洲異国に帰る様、十羅刹女に説得される。

彦羽根は聞き入れず、遂に戦いとなるという、珍しく女神同士の戦いの神楽である。

動画:石見神楽 十羅(Youtube)

神武(じんむ)

人文研究見聞録:石見神楽

「畝傍山(うねびやま)」とも。長らく高千穂にあった天孫族が良き地を求めて海路東方に向かうが、大和の国で豪族首長長髄彦の猛烈な抵抗にあったものの勝利を得ることができ、その天孫族の中に若き勇者が居た。

この若者こそ、後に建国の基礎を築いた初代天皇の神武天皇である。

動画:石見神楽 神武(Youtube)

鈴鹿山(すずかやま)

人文研究見聞録:石見神楽

「田村」とも。第五十代桓武天皇が坂上田村麿に鈴鹿山の悪鬼人を退治するよう命じる。

田村は早速 鈴鹿山の麓に行き、村人の道案内を受けて登山し、悪鬼人を退治するという武勇伝である。後に田村は闘将軍として名声高き武士になる。

動画:石見神楽 鈴鹿山(Youtube)

八衢(やちまた)

人文研究見聞録:石見神楽

大国主の命の国譲りの後の物語。

天孫降臨の神話を神楽化したもので八衢とは、天上での天降りの途中で、道が多方面に分かれた所、天孫邇々芸命(ににぎ)が天降りされようとするとき、道をふさぐ神があったので、天宇津女(アメノウズメ)に問わせると猿田彦神(サルタヒコ)で、天孫を先導するために出迎えたと言った。

この内容を神楽化したもので「鹿島」に続く物語である。猿田彦(佐太の大神)は、これによって「道しるべの神」として奉られている。

動画:石見神楽 (Youtube)

wikipedia「石見神楽」参考)

このように、石見神楽には日本神話や有名な鬼退治伝説をモチーフにした演目が多くみられます。ですので、普段触れることの少ない日本神話をざっと理解するのに使える、非常に有用な演劇であると言えます。

石見地方における公演は基本的に無料なので、機会があればぜひ見てもらいたい神楽ですね。なお、youtubeなどの動画投稿サイトでも見ることができます。



注釈

※1 田楽(でんがく)

平安時代中期に成立した日本の伝統芸能であり、楽と躍りなどからなる。なお、「田植えの前に豊作を祈る田遊びから発達した」や「渡来のものである」などの説があり、その由来には未解明の部分が多い。 【△ ※1へ戻る】

※2 大元神楽(おおもとかぐら)

田楽系の神楽であり、大元信仰を中心に農神に捧げたものである。なお、大元信仰で祀られる「大元神」は、中国・四国地方で多く信仰されていた神であり、専ら村落の一隅で小さな祠に祀られていた。 【△ ※2へ戻る】
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。