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2015年11月13日金曜日

四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

徳島県徳島市にある阿波国分寺(あわこくぶんじ)です。

四国八十八箇所霊場の第十五番札所であり、本尊に薬師如来を祀る曹洞宗の寺院となっています。

ちなみに、四国四県のそれぞれに国分寺があるため、頭にそれぞれの国名を付けると、区別するのに便利です。また、札所寺院としては、単に国分寺と呼ぶのが通例とされています。

お遍路の基礎知識についてはこちらの記事を参照:【お遍路とは?】


寺院概要

縁起

奈良時代中期(741年)に聖武天皇による国分寺建立の詔により、諸国に建てられた国分寺の一つとされています。

寺伝によれば、行基(ぎょうき)が自ら薬師如来を刻んで開基し、聖武天皇から釈迦如来像と大般若経、光明皇后の位牌厨子が納められたと伝えられており、当初は法相宗の寺院として七堂伽藍を有する大寺院であったそうです。

その後、平安時代の弘仁年間(810~824年)に空海(弘法大師)が巡錫した際に真言宗に改宗したとされています。

史実としては、『続日本紀』に「天平勝宝8年(756年)、聖武天皇の周忌に際し、阿波国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜した」とあることから、遅くともこの頃には完成していたと考えられていますが、安土桃山時代の天正年間(1573~1592年)に土佐の長宗我部元親率いる軍勢の兵火によって焼失したとされます。

その後は長らく荒廃しており、江戸中期(1741年)に徳島藩主 蜂須賀家の命によって郡奉行 速水角五郎が復興に取りかかり、吼山養師和尚が再建したことから宗派も現在の曹洞宗となったとされています。

本尊

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

・薬師如来(やくしにょらい):東方の浄瑠璃世界の主で、12の誓願を起こし、生ある全てのものを救う仏
 → 真言:オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ
 → 本地垂迹説において、スサノオの本地とされた

境内の見どころ

山門

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の山門です。

本堂

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の本堂です。

中に入って本尊の薬師如来を拝むことができます。

大師堂

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の大師堂です。

空海(弘法大師)を祀っています。

鐘楼堂

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の鐘楼堂です。

この鐘は突くことができます。

地蔵堂

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の地蔵堂です。

地蔵菩薩を祀っています。

烏瑟沙摩明王堂

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の烏瑟沙摩明王堂(うすさまみょうおう)です。

密教における明王の一尊である烏枢沙摩明王を祀っています。

七重塔礎石

人文研究見聞録:四国八十八ヶ所15番札所 薬王山国分寺(阿波国分寺) [徳島県]

阿波国分寺の七重塔礎石です。

奈良時代に建てられた七重塔の礎石とされています。

料金: 無料
住所: 徳島県徳島市国府町矢野718-1(マップ
営業: 7:00~17:00
交通: 府中駅(徒歩34分)、徳島バス 神山線・天の原西線 「国分寺前」下車

公式サイト: http://www.88shikokuhenro.jp/tokushima/15kokubunji/

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