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2017年5月25日木曜日

千代神社 [滋賀県]

人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]

滋賀県彦根市にある千代神社(ちよじんじゃ)です。

第8代孝元天皇の御代に創建されたと伝わる古社であり、芸能の祖神とされる天宇受女命を祀っています。

そのため、あらゆる芸事に御利益があるとされています。


神社概要

由緒

由緒書によれば、当社は第8代孝元天皇の皇女・倭迹迹姫(ヤマトトトヒメ)の降誕と共に勧請されたことに始まり、第17代履中天皇の御代に再建されたと伝えられる古社であるとされます。

また、古くから佐和山の麓の姫袋(現・古沢町)に鎮座していたとされ、天正13年(1585年)の佐和山城の築城の際に彦根山麓の尾末(現・尾末町)に移り、慶長6年(1602年)の彦根城の際に再び姫袋に移ったとされますが、昭和の経済成長期に公害によって社地を移すことが計画され、昭和41年(1966年)に当地に移って現在に至るとされています。

なお、由緒書による解説は以下の通りです。


由緒沿革の概要

当神社の創立年代は明らかではないが、社伝によれば人皇第8代孝元天皇の皇女・倭迹迹姫(ヤマトトトヒメ)の降誕によって勧請し、履中天皇の御代に再建されたと伝える古社である。

もと千代宮(ちよのみや)と称していたが、明治2年に千代神社と改称され、明治9年に郷社、明治16年には県社と指定されていた。

ご祭神の天宇受女命(アメノウズメ)は記紀などの記述によれば天岩戸神話(天照大神が須佐之男命の乱暴を嘆かれて、天岩戸に神隠れされて暗闇となった時、そのご再現を仰ぐために神がかりして歌舞され、世の平安と明るさを取り戻された話)や天孫降臨神話での活躍が伝えられる女神さまである。

古来、そのご神功を称え、俳優(わざおぎ)の始祖神、芸能の守護神として歌舞伎演芸などの諸芸に携わる人々の崇敬が篤く、また世に安らぎをもたらす神として庶民の尊崇も集めている。

往古から佐和山の麓 姫袋(現・古沢町)に鎮座されていたが、天正13年に石田三成が佐和山城を築くにあたり、彦根山麓の尾末(現・尾末町)に移築され、慶長6年に彦根藩主・井伊直政が彦根城を築城する際に再び旧社地である姫袋に お移しして、それ以後は井伊家の尊崇篤く、多賀大社、胡宮神社などと共に神域の護持がはかられてきた。

爾来 約300年間、幾多の変遷を経ながらも産土信仰などと共に相まって地域の氏子の信仰を集め、戦後の混乱期も乗り越えてきたが、昭和30年代後半の急激な経済成長期に隣接するセメント工場の増設拡張による粉塵公害に対処し、重要文化財の御本殿の護持と神域保全をはかる目的で当神社の移転を計画し、この土地(旧大橋邸)を求めて氏子の同意・保護委員会の許可を得て、昭和41年3月に移転工事の竣工、同年5月に正遷宮祭を斎行し、現在地を悠久の静宮として鎮座されたものである。

祭神

人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]

千代神社の祭神は以下の通りです。

【主祭神】

・天宇受賣命(アメノウズメ):岩戸隠れの際に舞い踊った芸能の始祖とされ、猿田彦神の妻となったとされる

【配祀神】

・猿田彦命(サルタヒコ):天孫降臨の際にニニギを道案内した神とされる
大物主命(オオモノヌシ)「日本神話」に登場する神で、一般的にはオオナムチの別名とされている

境内社

人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]
稲荷社
人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]
秋葉社
人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]
天満天神社
人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]
祖霊社

千代神社の境内社は以下の通りです。

・笠木・竹吉稲荷神社
・秋葉神社
・天満天神社
・祖霊社

境内の見どころ

鳥居

人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]

千代神社の鳥居です。

拝殿

人文研究見聞録:千代神社 [滋賀県]

千代神社の拝殿です。

料金: 無料
住所: 滋賀県彦根市京町2丁目9-33(マップ
営業: 9:00~17:00
交通: 彦根駅(徒歩15分)

公式サイト: http://www.chiyonomiya.info/

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