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2015年11月15日日曜日

野々宮神社 [高知県]

人文研究見聞録:野々宮神社 [高知県]

高知県香南市野市町にある野々宮神社(ののみやじんじゃ)です。

主祭神に日本神話において野山の神とされる野槌神(ノヅチ)を祀り、八幡宮を合祀している神社となっています。

また、境内には祭神不明の境内社が2社あるとされています(境内のどこに祀られているのかは不明)。


由緒

人文研究見聞録:野々宮神社 [高知県]

情報が少ないため、由緒書を転載します。

野々宮神社

祭 神: 野槌神(ノヅチ)
合 祭: 八幡宮2社(祭神:応神天皇、神功皇后)および野神社2社
境内社: 直白神社、明神社(祭神未詳)

由 緒:

中世の野市の町は野々宮の森より始まる。今この森に鎮座するのが野々宮神社である。

東に山獄空を凌ぎ、南は大海原であり、そして その間に野市平野があり、その西は物部の清流(物部川)淡々として流れ、まことに清浄の極みである。

寛永年中、野市村の開墾竣工し、初めて村落となるや、総鎮守とした里人は遺林の古松を社となし、細々と祀りをしていたが、正保三年(1646)野市の郷士 原源五右衛門重成が再興して社を建て崇敬した。至誠が神に通じたためか、子孫繁栄、家連隆盛した。

ここは昔、嘉永元年(1182)9月25日、頼朝の弟・源希義が平家方の蓮池家綱らの攻撃を受け、これを援助すべく夜須七郎行家が野々宮の森まで兵を進めたが、希義の討死を聞いて引き返したという記録があり、これにより、当時既に野々宮の森の存在が証明される。

祭神は、野山の神であり、山野の草木の主宰神染色の祖神である。また、伝えるところによれば、料理の神という。

誠心をもって野々宮神社を拝めば、報はること必逐なり。

なお、2014年の夏に、境内の樹齢200年の神木が根元から倒れるという事件があったそうです。

野槌について

人文研究見聞録:野々宮神社 [高知県]

「日本神話」における野槌(ノヅチ)は、『古事記』において野の女神・カヤノヒメの別名とされ、山の神である大山祇神(オオヤマヅミ)との間に4対8柱を産んだとされています。一方、同名の妖怪も存在しており、水木しげるを中心とした妖怪漫画などで度々登場することから、こちらの方が有名となっています。

妖怪としての野槌は、蛇の様であり、直径15cm体長1mくらいで、太さの割りに短いとされ、頭のてっぺんに口がある以外は目も鼻もなく、ちょうど柄のない槌のような形であるという特徴を持つとされています。そのほか、ウサギやリスを食べ、時には人を食べるとされており、UMAであるツチノコは、野槌と同様の特徴を持つことから名づけられた名前であるとも言われています。

上記の妖怪伝承は、近畿、四国、北陸、中部を中心として周辺地域に伝えられていますが、「日本神話」に登場するカヤノヒメには蛇と関連するような記述はなく、むしろ夫に当たるオオヤマヅミを蛇体とする説があることから、野槌とオオヤマヅミを結び付けられる説が有力なんだそうです(オオヤマヅミは愛媛では三島大明神と呼ばれ、その信仰は愛媛を中心に全国に広まっている)。

なお、野槌には人型の妖怪であるという話もあり、江戸時代の『妖怪仕内評判記(ばけものしうちひょうばんき)』に登場する野槌は、のっぺらぼうのように目鼻のない人型の化け物で、頭の上の大きな口で物を食べるとされています。

境内の様子

人文研究見聞録:野々宮神社 [高知県]

野々宮神社は、のいち駅から28番札所大日寺へ向かう途中に位置し、町指定史跡の野々宮の森に鎮座しています。

社殿および境内は小規模で、碑文の記された石碑がいくつも安置されている、比較的きれいな神社となっています。

また、付近には物部川という清流が流れており、個人的には雰囲気の良い場所であると思いました。

余談ですが、高知県の物部川の流域には「物部」という地名の場所がいくつか存在しています(物部氏と関連するか?)。

料金: 無料
住所: 高知県香南市野市町西野449(マップ
営業: 終日開放
交通: のいち駅(徒歩17分)

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