久佐加神社 [島根県]
2017/09/09
島根県出雲市にある久佐加神社(くさかじんじゃ)です。
『出雲国風土記』の「久佐加社」に比定される古社であり、祭神に大穴持命・日子坐王命など四柱の神を祀っています。
神社概要
由緒
由緒書によれば、当社は『出雲国風土記』に「久佐加社」、『延喜式神名帳』に「久佐加神社」と名を載せる古社であり、当地に縁のある大穴持命・大穴持海代比古命・大穴持海代比女命と共に、往時に日下部氏が開拓したという縁から日子坐王命が祀られたとされています。
また、社名から本来の祭神は日子坐王命であるとする説もあり、元は当地に住む日下部氏一族が祖先神として崇拝した神であったという伝承も残されているようです。
なお、由緒書による説明は以下の通りです。
【久佐加神社 由緒】
当社の創立年代は古く出雲国風土記(733年)並びに延喜式神名帳(927年)に その名が記載されています。延喜の制では国幣の小社に列せられました。
大穴持命は当地がこの大神の御領地でありましたので、古来奉斎されたものです。
日子坐王命は武勇に優れておられ、御子多く諸国に繁栄されたので、末えい日下部氏人が各地に奉斎されました。当地も往時日下部氏が開拓された所であるので、大穴持命と共に日子坐王命が奉際されています。
また、大穴持海代比古命、大穴持海代比女命は大穴持命の御内の神等であり、合せ祀られています。
当社の創立年代は古く出雲国風土記(733年)並びに延喜式神名帳(927年)に その名が記載されています。延喜の制では国幣の小社に列せられました。
大穴持命は当地がこの大神の御領地でありましたので、古来奉斎されたものです。
日子坐王命は武勇に優れておられ、御子多く諸国に繁栄されたので、末えい日下部氏人が各地に奉斎されました。当地も往時日下部氏が開拓された所であるので、大穴持命と共に日子坐王命が奉際されています。
また、大穴持海代比古命、大穴持海代比女命は大穴持命の御内の神等であり、合せ祀られています。
祭神
久佐加神社の祭神は以下の通りです。
・大穴持命(オオナモチ):大国主の別名の一つ
→ 大国主(オオクニヌシ):国造りの神であり、大己貴命や八千矛神など多くの別名を持つ(出雲大社の主祭神)
・日子坐王命(ヒコイマス):第9代 開化天皇の御子で、当地を開拓した日下部一族の祖先神
→ 日下町の守護神・氏神とされる
・大穴持海代比古命(オオナモチアマシロヒコ):当地所縁の神で、大穴持命に神縁を持ち、海原を掌握する男神とされる
→ 大穴持海代比女命の夫神
・大穴持海代比女命(オオナモチアマシロヒメ):当地所縁の神で、大穴持命に神縁を持ち、海原を掌握する女神とされる
→ 大穴持海代比女命の妻神
→ 大国主(オオクニヌシ):国造りの神であり、大己貴命や八千矛神など多くの別名を持つ(出雲大社の主祭神)
・日子坐王命(ヒコイマス):第9代 開化天皇の御子で、当地を開拓した日下部一族の祖先神
→ 日下町の守護神・氏神とされる
・大穴持海代比古命(オオナモチアマシロヒコ):当地所縁の神で、大穴持命に神縁を持ち、海原を掌握する男神とされる
→ 大穴持海代比女命の夫神
・大穴持海代比女命(オオナモチアマシロヒメ):当地所縁の神で、大穴持命に神縁を持ち、海原を掌握する女神とされる
→ 大穴持海代比女命の妻神
境内の見どころ
鳥居
久佐加神社の鳥居です。
拝殿
久佐加神社の拝殿です。
本殿
久佐加神社の本殿です。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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