2015年10月19日月曜日

鎮魂祭と十種神宝

人文研究見聞録:鎮魂祭と十種神宝

物部神社では毎年11月下旬に「鎮魂祭(みたましずめのみまつり)」という特殊神事が行われることで知られています。

これについて、神社では以下のように説明しています。

物部神社についてはこちらの記事を参照:【物部神社(大田市)】


物部神社の鎮魂祭の本義

人文研究見聞録:鎮魂祭と十種神宝

物部神社によれば、「鎮魂」は霊を弔うための言葉ではなく、「活力を与える・復活を促す・甦る・悪を祓う」などの好転的な意味を持つものとされています。そのため、神道行事の根幹を為す「祓いの本義」であると捉えられているようです。

なお、総てに生命が存在する、即ち、存在そのものが生命であるとし、そのものが存在し続ける上で最も重要なものを「魂魄(こんぱく)」と位置付けています。そして、その魂魄を振り動かし、結びつけ、鎮め置き、本来の姿に立ち戻らせる祈祷法こそ「鎮魂」の本来のあり方であるとしています。

そしてこの鎮魂祈祷を初めて斎行したのが祭神の宇摩志麻遅命(ウマシマジ)であり、これについては古典四書に数えられる神典「先代旧事本紀」に記述されています。それによれば「もし痛むところがあれば、この十種の宝を、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十といってふるわせなさい。ゆらゆらとふるわせよ。このようにするならば、死んだ人は生き返るであろう」と記されています。

なお、この鎮魂祭を古くから伝承・斎行している神社としては、奈良県の石上神宮(物部の鎮魂法)、新潟県の弥彦神社(中臣の鎮魂法)、島根県の物部神社(物部・猿女の鎮魂法)の三社であり、特に物部神社の鎮魂祭は宮中において斎行される鎮魂祭に最も近いものとされているそうです。

また、物部神社が祈祷専門の神社として天皇の勅命により社殿が建立され、現在まで祭事を斎行し続けている由縁は、祭神の宇摩志麻遅命の意志の継承するものであるとしています。

先代旧事本紀

人文研究見聞録:鎮魂祭と十種神宝

『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』 とは、江戸期まで『古事記』『日本書紀』と並び称された全十巻からなる成立年代不明の史料です。『旧事紀(くじき)』もしくは『旧事本紀(くじほんぎ)』とも呼ばれます。

『記紀』とは異なり、皇室よりも物部氏を中心とする史観に基づいた内容になっているため、『記紀』には記されない説話や系譜が数多く載せられており、特に「饒速日尊の天孫降臨」や「神武東征」に付随する物部の氏神についての説話が載せられていることが特徴です。

また、物部神社などに伝承される「鎮魂祭」にまつわる「十種神宝」や「布留の言」についても詳しく記され、そうした神社では『先代旧事本紀』の内容に基づく儀式を今でも行っているとされます。

なお、冒頭には「推古天皇の命によって、聖徳太子と蘇我馬子が編纂した」と記されることから、それに基づけば成立は600年代と推定され、『記紀』よりも約100年ほど早く成立したことになります(天地開闢~第33代推古天皇まで記載)。

しかし、江戸時代の国学者によって偽書認定されたため、国史に数えられることは無く、学術的にもあまり注目されていないようです。ですが、創建年代が古い神社などでは、由緒として『先代旧事本紀』の内容を引用している例も少なくありません。

ちなみに、江戸期に伊雑宮(伊勢神宮の別宮)から発見された『先代旧事本紀大成経』という奇書との関連性も指摘されており、その書は公には禁書とされたものの、「物部神道」の根本思想に影響を与えているとされています。

参考文献:先代旧事本紀 天璽瑞宝

十種神宝

人文研究見聞録:鎮魂祭と十種神宝

十種神宝(とくさのかんだから)とは、『先代旧事本紀』の天孫本紀(巻3)に登場する祭具であり、「布留の言(鎮魂祭)」を実行する際に使用するものとされています。

これは天照太神(アマテラス)の命によって地上の平定を命じられた饒速日尊(ニギハヤヒ)が、降臨の際に天神の御祖神から授けられたとされており、そこでは祝詞(呪文)ととも振るわせれば、病気平癒や死者蘇生の力を発揮するということが説明されています。

なお、十種神宝の内容は以下の通りです。

・沖津鏡(おきつかがみ)
・辺津鏡(へつかがみ)
・八握剣(やつかのつるぎ)
・生玉(いくたま)
・死返玉(まかるかへしのたま)
・足玉(たるたま)
・道返玉(ちかへしのたま)
・蛇比礼(へびのひれ):『古事記』の「大国主の根の国訪問」に登場する比礼との関係が指摘される
・蜂比礼(はちのひれ):同上
・品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

十種大祓(布留部の祓)

人文研究見聞録:鎮魂祭と十種神宝

『先代旧事本紀』にある「布留の言」は、現在は「十種大祓(とくさのおおはらい)」と呼ばれる祝詞となっています。

この祝詞の効力は冒頭で説明した通り、「『魂魄』に活力を与えて復活を促すもの」とされています。

なお、その祝詞の内容は以下の通りです。

十種大祓

河内国河上の哮峯に天降座して(かわちのくは かわかみのいかるがみねに あまくだりましまして)

大和国排尾の山の麓(やまとのくに ひきのやまのふもと)

白庭の高庭に遷座て 鎮斎奉り給ふ(しろにはの たかにはに うつしましまして いつきまつりたまう)

號て石神大神と申奉り 代代神宝を以て(なづけて いそのかみおおがみと もうしたてまつり よよかんたからをもつて)

萬物の為に布留部の神辭を以て(よろづのもののために ふるへのかんことをもって)

司と為し給ふ故に布留御魂神と尊敬奉(つかさとなしたまふゆえに ふるみたまのかみと そんけんし たてまつり)

皇子大連大臣其神武を以て(すめみこと おおむらじおとど そのかみたけきをもつて)

斎に仕奉給ふ物部の神社(いつきにつかえまつりたまふ もののべのかみやしろ)

天下萬物聚類化出大元の神宝は(あめがした よろづのもののたぐい なりいでん おおもとのかんたからは)

所謂瀛都鏡邊都邊八握生剣(いはゆる おきつかがみへつかがみ やつかのつるぎ)

生玉死反玉足玉道反玉(いくたま まかるがえしのたま たるたま みちかえしのたま)

蛇比禮蜂禮品品物比禮(おろちのひれ はちのひれ くさぐさもののひれ)

更に十種神(さらにとくさのかみ)

甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸(きのえきのと ひのえひのと つちのへつちのと かのへかのと みづのえみづのと)

一二三四五六七八九十瓊音(ひふみよいむなやことにのおと)

布留部由良と由良加之奉る事の由縁を以て(ふるべゆらゆらと ゆらかしたてまつることのよしをもちて)

平けく聞食せと(たいらけくきこしめせと)

命長遠子孫繁栄と(いのちながく しそんはんえいと)

常磐堅磐に護り給ひ幸し給ひ(ときはかきはにまもりたまひ さきわいしたまひ)

加持奉る(かじたてまつる)

神通神妙神力加持(じんづうじんみょうしんりきかじ)

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