御門神社(みかどさん) [奈良県]
2015/12/05
奈良県桜井市阿部にある御門神社(みかどじんじゃ)です。
安倍文殊院の傍に鎮座しており、祭神に陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)を祀っています。
なお、安倍晴明には奈良出生説があり、御門神社ではこの説を採って由緒を説明しています。
神社概要・関連知識
由緒
由緒書によれば、安倍晴明の没後、全国で魔除けの守護神として晴明神社が建てられるようになった頃、当地の里人が集って社殿を建立し、晴明を祀ったことに始まるとされています。なお、当地は安倍倉梯麻呂が建立した「安倍寺」の旧境内地なんだそうです。
また、由緒書では「安倍晴明奈良出生説」を採っており、晴明は第8代孝元天皇の皇子・大彦命(オオビコ)の後裔であるとしています。一説によれば、東北の蝦夷を倒して統括した奥州安倍氏の祖である阿倍比羅夫も大彦命の後裔であるとされ、晴明も奥州安倍氏の血筋ではないかということが指摘されています。
なお、詳しい由緒書の内容は以下の通りです。
御門大神史跡
このお社は古来より「みかどさん」と呼ばれ、地元で代々熱く信仰されています。
みかどの神は第8代孝元天皇(紀元前200年頃)の皇子である大彦命(おおびこ)の子孫に当たる「安倍晴明」公をお祀りしたお社です。「晴明公」は平安時代(921~1005年没)に当地で出生され、成人後、京の朝廷に仕え中国伝来の陰陽道を駆使され、当時の国政に関わる吉凶の全てを占った大陰陽師です。
方位災難・吉凶家相・人事全般の占いの霊験が余りにもあらたかだった事から、晴明公が亡くなられると魔除けの守護神として晴明神社が建立され、全国で祀られるようになりました。当地の里人も当地出生のこの神を深く信仰し、災禍を除き福徳円満・子孫繁栄を祈願する者多く、里人あい集いてこのお社を建立しました。
このお社が「御門大神」と呼ばれる由縁は、そもそも当地は今から1500年も前より安倍一族が支配する本貫地であり、西暦645年には大化の改新に左大臣(現内閣総理大臣)となられた安倍倉梯麻呂公(あべくらはしまろ)が建立された「安倍寺」の旧境内地に位置する由緒ある土地です。
晴明公は先祖の安倍仲麻呂(あべなかまろ)と共に当地の仲麻呂屋敷でご出生されました。晴明公没後、安倍家の地位は益々向上し、朝廷に代々公家として仕えるのですが、室町時代には陰陽道を司る安倍家に限り「土御門家(つちみかどけ)」の家名を賜り、陰陽師としての公的な職務を取り仕切る事となるのです。
このお社が「みかどさん」と呼ばれる由縁は、この「土御門家」の家名に由来するものなのです。尚、今も安倍の地に安倍寺の法灯を保つ「安倍文殊院」の境内には「晴明堂」が在り、晴明公の御神像が祀られています。
このお社は古来より「みかどさん」と呼ばれ、地元で代々熱く信仰されています。
みかどの神は第8代孝元天皇(紀元前200年頃)の皇子である大彦命(おおびこ)の子孫に当たる「安倍晴明」公をお祀りしたお社です。「晴明公」は平安時代(921~1005年没)に当地で出生され、成人後、京の朝廷に仕え中国伝来の陰陽道を駆使され、当時の国政に関わる吉凶の全てを占った大陰陽師です。
方位災難・吉凶家相・人事全般の占いの霊験が余りにもあらたかだった事から、晴明公が亡くなられると魔除けの守護神として晴明神社が建立され、全国で祀られるようになりました。当地の里人も当地出生のこの神を深く信仰し、災禍を除き福徳円満・子孫繁栄を祈願する者多く、里人あい集いてこのお社を建立しました。
このお社が「御門大神」と呼ばれる由縁は、そもそも当地は今から1500年も前より安倍一族が支配する本貫地であり、西暦645年には大化の改新に左大臣(現内閣総理大臣)となられた安倍倉梯麻呂公(あべくらはしまろ)が建立された「安倍寺」の旧境内地に位置する由緒ある土地です。
晴明公は先祖の安倍仲麻呂(あべなかまろ)と共に当地の仲麻呂屋敷でご出生されました。晴明公没後、安倍家の地位は益々向上し、朝廷に代々公家として仕えるのですが、室町時代には陰陽道を司る安倍家に限り「土御門家(つちみかどけ)」の家名を賜り、陰陽師としての公的な職務を取り仕切る事となるのです。
このお社が「みかどさん」と呼ばれる由縁は、この「土御門家」の家名に由来するものなのです。尚、今も安倍の地に安倍寺の法灯を保つ「安倍文殊院」の境内には「晴明堂」が在り、晴明公の御神像が祀られています。
祭神
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| 安倍晴明 |
御門神社の祭神は以下の通りです。
主祭神
・安倍晴明:第8代孝元天皇の皇子・大彦命の後裔とされる
→ 災禍除・福徳円満・子孫繁栄に御利益があるとされる
・安倍晴明:第8代孝元天皇の皇子・大彦命の後裔とされる
→ 災禍除・福徳円満・子孫繁栄に御利益があるとされる
安倍晴明についてはこちらの記事を参照:【安倍晴明とは?】
阿倍比羅夫と奥州安倍氏
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| 阿倍比羅夫 |
阿倍比羅夫(あべのひらふ)とは飛鳥時代の将軍であり、『日本書紀』の斉明天皇記に登場する人物です。
初出は斉明天皇4年(658年)であり、東北地方の蝦夷討伐に向い、齶田(秋田)、渟代(能代)、津輕(津軽)の蝦夷を降伏させて従えたとされています。なお、『日本書紀』では「阿倍臣」とあり「名を欠く」という注釈が付いていることから、具体名の分からない正体不明の将軍とも云われています。
そのため、奥州に下った中央豪族の安倍氏のいずれかが東北で子孫を残したという説が有力視されており、これを以って阿倍比羅夫は大彦命の後裔であり、かつ、奥州安倍氏の祖であると云われています(阿倍比羅夫から安東氏(奥州の武士)に繋がる系図も残されているとされる)。
なお、安倍文殊院の公式サイトにある安倍氏略史にも、阿倍比羅夫は「安倍比羅夫」として記載されています。
安倍氏と蝦夷
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| 蝦夷 |
蝦夷(えみし)とは大和民族における異民族であり、その正体については諸説あるものの、文化や習俗が異なり、かつ、古くから朝廷と対立していたとされています。そのため、神武天皇の時代から度々討伐されており、景行天皇の時代にはヤマトタケルの東征によって平定されています。
しかし、古い時代の蝦夷の本拠は「東国」と場所が曖昧であり、かつ、ヤマトタケルの東征以降も何度も朝廷と衝突しています。そのため、『日本書紀』の中で具体的に平定されたのは、阿倍比羅夫による蝦夷討伐だと思われます(東北の地名が具体的に表記されるため)。
なお、阿倍比羅夫による蝦夷討伐後、東北の蝦夷は唐に連れ出されて皇帝に紹介されており、そこでは「少なくとも三部族ある」「五穀は無く、肉食を主としている」「家を持たず、森で暮らしている」「顔や体系は漢民族と異なる」などの特徴があると記されています。
こうした蝦夷には、古くから大和に刃向った土蜘蛛や鬼なども含まれているとされ、これらを統括して率いた阿倍比羅夫の性格が、平安時代に鬼を従えたとされる陰陽師・安倍晴明の性格と酷似していることから、奥州安倍氏との関連性も指摘され、その他の関連事項から安倍晴明は奥州安倍氏の後裔ではないかという説が唱えられているようです。
神社の見どころ
鳥居
御門神社の鳥居です。
角材と竹を以って造られた簡素な鳥居に、木製の扁額が掛けられています。
社殿
御門神社の社殿です。
非常に小さな社殿であり、その前に賽銭箱が設けられています。
謎の磐境
御門神社の社殿の裏には謎の磐境が設けられています。
この中を覗きこむと、やや窪んでいることが分かります(何かが埋まっているのでしょうか?)。
石仏群
御門神社の社殿の裏には石仏がいくつか祀られています。
料金: 無料
住所: 奈良県桜井市阿部
営業: 終日開放
交通: 桜井駅(徒歩24分)
住所: 奈良県桜井市阿部
営業: 終日開放
交通: 桜井駅(徒歩24分)
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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