人文研究見聞録:上社(志等美神社・大河内神社・打懸神社) [三重県]

三重県伊勢市にある上社(かみのやしろ)です。

伊勢外宮の摂末社である志等美神社・大河内神社・打懸神社を包摂する神社であり、地域の氏神として祀られています。

なお、古くは八王子社牛頭社とも称されていたことから、地元では「ごうずさん」の愛称で親しまれているそうです。


神社概要

歴史

人文研究見聞録:上社(志等美神社・大河内神社・打懸神社) [三重県]
上社の境内

由緒書によれば、往古より豊受大神宮(外宮)の摂社「志等美神社」大河内神社」、末社「打懸神社」が鎮座していたと考えられており、戦国時代には荒廃していたものの、当地の住人によって再興され、産土神として祀られて現在に至るとされています。

なお、その時の主祭神は久々能智神・大山祇神・埴安神・宇迦之御魂神とされますが、古くは「八王子」または「牛頭社」と呼ばれ、現在でも「牛頭(ごうず)さん」と呼ばれているとされています。

※「八王子」または「牛頭社」と称する神社は、一般的には牛頭天王(または素戔嗚尊)が祀られる

上社

人文研究見聞録:上社(志等美神社・大河内神社・打懸神社) [三重県]

上社(かみのやしろ)は地域の氏神であり、境内には外宮の摂末社および多くの境内社が鎮座しています。

社号については、永正16年(1519年)9月の畠券には「二俣社」、大永6年(1526年)12月の田券には「二俣八王子社」、天文6年(1537年)11月の畠券には「牛頭社」と称しており、明治3年(1870年)10月に「上ノ社」と改称して現在に至るとされています。

主祭神(計4柱)

・久々能智神(ククノチ):イザナギ・イザナミから生まれた木の神
・大山祇神(オオヤマツミ):日本の山の神(『記紀』で出自は異なる)
・埴安神(はにやすのかみ):埴安彦神と埴安姫神の総称(波邇夜須(はにやす)は粘土を指すとされる)
・宇迦之御魂神(ウカノミタマ):稲荷神

相殿(計9柱)

・宇迦之御魂神(4座)
・天忍漁人命(あめのおしあまのみこと):天忍日命(アメノオシヒ)と同神とされる
・誉田別尊(ホムダワケ):八幡神(武神とも)
菅原道眞(すがわらのみちざね):天満天神(学問の神とも)
・打懸明神(うちかけみょうじん):堤防の神で、五穀豊穣の神とされる
・不詳2座

志等美神社

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玉垣内の左の社殿

志等美神社(しとみじんじゃ)は豊受大神宮(外宮)の摂社で、式内社・志等美神社に比定されている古社であり、社名の「志等美(しとみ)」は「しとむ(水に浸る)」の意であると解釈されているそうです(外宮の摂社16社のうち第7位であるとも)。

また、文献によっては「蔀野井庭神社(しとみのいばじんじゃ)」ともいい、この「蔀野(しとみの)」は周辺の原野の名であり、「井庭」は「堰(せき)」の意であると解釈されることから、元は川淵に鎮座していた宮川堤防の守護神であるとも云われています。

歴史については、中世には廃絶し、寛文3年(1663年)に行われた再興のための調査では社地の選定ができず、しばらく、外宮の宮域内の岩戸坂に祀られていたとされます。

その後、元禄5年(1692年)に辻久留南方の山上「ヤバコ」「ハナヒシゲ山」に遷座したものの、社地に異論があるとされ、明治16年(1883年)に辻久留の牛頭社(上社)に遷座して現在に至るとされています。

祭神

・久々能智神(ククノチ):イザナギ・イザナミから生まれた木の神(※文献によって異なる)
 → 句々迺馳命(ククノチ):久々能智神と同神(『神名略記』)
 → 木神(きのかみ):木の神(『神名秘書』)
 → 鹿葦津姫(カシツヒメ):木花之開耶姫と同神とされる(『延経考物』)
 → 埴安神(はにやすのかみ):埴安彦神と埴安姫神の総称(『神名帳考證再考』)

大河内神社

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玉垣内の右の社殿

大河内神社(おおこうちじんじゃ)も豊受大神宮(外宮)の摂社で、式内社・大川内神社に比定されている古社であり、社名から、祭神は川の神で宮川堤防の守護神として祀られたものと推定されています(外宮の摂社16社のうち第8位であるとも)。

また、現在の読みは「おおこうち」ですが、古文書では「オホカハチ」「オホガフチ」とされているそうです。

歴史については、志等美神社と同じく中世には廃絶し、同様の経緯で志等美神社と共に祀られていたとされ、その後、現社地に遷座したとされています(志等美神社と同じ玉垣内に社殿を構え、隣同士で鎮座している)。

祭神

・大山祇神(オオヤマツミ):日本の山の神(『記紀』で出自は異なる)
 → 水神とする説もある

打懸神社

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打懸神社(うちかけじんじゃ)は豊受大神宮(外宮)の末社で、志等美神社・大河内神社と同じく宮川堤防の守護神を祀る社であるとされています(外宮の末社8社のうち第4位であるとも)。

歴史については、中世の荒廃を経て、上社の境内社であった並社(旧・八王子社)となり、打懸神社の祭神は並社に祀られていたとされています(現在、並社は上社に合祀されている)。

祭神

・打懸明神(うちかけみょうじん):堤防の神で、五穀豊穣の神とされる

境内社

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櫛玉宮
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山ノ神
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上天神
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上社稲荷神社

上社の境内社は以下の通りです。

・櫛玉宮:伊勢津彦大神・伊勢津姫大神を祀る
・山ノ神:不明(大山祇神か?)
・上天神:菅原道真を祀る
・上社稲荷神社:稲荷神を祀っているものと思われる

境内の見どころ

鳥居

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入口
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手水舎付近
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本殿付近

上社の鳥居です。

境内は広く、いくつかの鳥居が建てられています。

お白石集積所

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上社のお白石集積所です。

伊勢神宮の式年遷宮を構成する祭事の1つである「お白石持」に使用される白石が集められています。

石碑

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上社にある石碑です。

境内の整備事業に関するものであると思われますが、石碑前には鳥居の設けられた磐座が安置されています。

撫石

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上社にある撫石(なでいし)です。

詳細は不明ですが、鳥居が設けられた磐座が安置されています(恐らく病気平癒に霊験があるものだと思われる)。

拝殿

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上社の拝殿です。

拝殿の狛犬

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上社の拝殿の狛犬です。

モダンなデザインの狛犬が祀られています。

本殿

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上社の本殿です。

橿原神宮遥拝所

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上社の橿原神宮遥拝所です。

ここから橿原神宮へ遥拝することができます。

両宮遥拝所(宮城遥拝所)

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上社の両宮遥拝所です。

伊勢神宮の両宮へ遥拝することができます。

また、「宮城遥拝所」という石碑もあることから、かつては皇居を遥拝していたと思われます。

祓戸

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上社の祓戸です。

玉垣内には小さな磐座が祀られています。

神木

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上社の神木です。

樹齢1000年ほどの夫婦の大楠とされています。

料金: 無料
住所: 三重県伊勢市辻久留1丁目13-6
営業: 終日開放
交通: 山田上口駅(徒歩15分)、伊勢市駅(徒歩26分)

公式サイト: http://kyoka.mie-jinjacho.or.jp/shrine/%E4%B8%8A%E7%A4%BE/
matapon
著者: matapon Twitter
「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。