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2015年9月8日火曜日

大神神社 [奈良県]


奈良県桜井市三輪にある大神神社(おおみわじんじゃ)です。

三輪山に鎮まる神・大物主(オオモノヌシ)を祀る日本最古の神社とされ、桜井市にそびえる三輪山そのものを神体山としているため、現在でも本殿を持たない古神道(原始神道)の形態を残しています。

なお、日本最古についてですが、大神神社は『記紀神話』神代における「国づくり神話」の時点で、神社名は登場しないものの それを示唆する説話が登場しており、社伝に残される歴史と照らし合わせても、「日本最古」ということは ほぼ間違いないでしょう。

神社概要

由緒(『記紀』による創祀伝承)


大神神社の創祀にまつわる伝承は、『古事記』『日本書紀』神話の中に登場しています。

『古事記』によれば、出雲の大国主(おおくにぬし)が国造りのことで思い悩んでいたところ、彼方から「海を照らしてやってくる神」が現れて、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀まつられることを望んだとあります。神名は登場しないものの、この「海を照らしてやってくる神」が大神神社の主祭神である「大物主(おおものぬし)」であるとされています。

また、『日本書記』でも同様の説話が記され、上記のやり取りの際、「その神(大三輪の神とある)」は大国主の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗ったとされています。そして『古事記』と同様に三輪山に鎮まることを望んでいます。この伝承では、大物主は大国主の別名とされていますが、その御魂(みたま)として現れて、三輪山に鎮まったとされています。

上記の神話が、大神神社が神代にまで遡る古社であることの由縁とされ、神話の内容と同様に現在でも本殿を設けず、直接 三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初の祭祀の様式を今に伝えています。

これらのことから、大神神社は古神道(原始神道)を今でも継承している日本最古の神社であるとされています。

なお、由緒書による説明は以下の通りです。

大和国一宮 三輪明神 大神神社

大物主大神(オオモノヌシ)は、世に大国主神(オオクニヌシ、大黒様)の御名で知られる国土開拓の神で、農工商業等あらゆる産業を開発し、方除・治病・造酒・製薬・交通・縁結び・開運など、世の中の幸福を増進することを計られた人間生活万般の守護神であります。

後に神様の御思召しにより、その御魂(幸魂・奇魂)を三輪山に永く お留めになり、それ以来、秀麗な三輪山を御神体と崇めて、本殿は設けず、拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、お山を拝するという原初の神祀りを今に伝えている我が国最古の神社であります。

この三輪の地は古く、大和の文化発祥の地であり、当時の主要道路である山の辺の道の陸路、日本最古の市場である海柘榴市(つばいち)を終点とする初瀬川の水路により、殷賑(いんしん)を極め、国家黎明期の政治・経済・文化の中心地でありました。

その後も当社に対する朝野の尊崇は殊に篤く、中古よりは大和国一宮となり、名神大社二十二社の一つに列せられ、大神の神光はあまねく国内に広がりました。

また平成4年より始まりました「平成の大遷宮」事業により、平成9年に新たに祈祷殿・儀式殿・参集殿を築造、同11年には重要文化財である三ツ鳥居・拝殿の保存修理が竣工し、その御神威がいよいよ仰がれています。

・三輪山:標高467m、周囲16km、面積350ha(国の痕跡)
・三ツ鳥居:明神鳥居三基を組合せた独特の形式は、古来一社の神秘とされています(国の重要文化財)
・拝殿:寛文4年(1664年)4代将軍 徳川家綱公改築(国の重要文化財)

歴史

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社は、神武東征以前より 纏向一帯に勢力を持った先住豪族である磯城彦(しきひこ)が崇敬され、代々族長によって磐座祭祀が営まれていたとされています。なお、旧来は「大神大物主神社」と呼ばれていたそうです。

神武天皇から始まった皇朝以降も、すぐに外戚を結んでおり、第10代崇神天皇の時代には国家の守護神として改めて篤く祀られています。そのため、大神神社は皇室にとっても、古くから神聖な信仰の場であったと考えられています。

なお、平安時代に至っても 大神祭(おおみわのまつり)、鎮花祭(はなしずめのまつり)、三枝祭(さいくさのまつり)が朝廷の祭事として絶えることなく斎行され、その当時に神階および社格は最高位のものとされたそうです。

そして、現在に至るまで人々の尊崇を集め、今でも全国からの参拝者が絶えないとされています。

祭神

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の祭神は以下の通りです。

主祭神

大物主大神 (オオモノヌシ)一般的にはオオナムチの別名とされている
 → 正式名称は倭大物主櫛甕玉命(やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと)とされる
 → 『記紀』の記述より「蛇神」であると考えられている
  ⇒ そのため、三輪山での蛇の殺生は禁じられているとされる
 → 日本国の守護神(軍神)、水神、雷神としての性格を合わせ持つとされる
  ⇒ 上記の性格から、稲作豊穣、疫病除け、酒造りなどの神として特段篤い信仰を集めているとされる
 → 『ホツマツタヱ』によれば、"軍事を司る役職名"もしくは"ミモロヤマ(三輪山)に鎮まる神"を指す
  ⇒ 正式名称から、第5代大物主に当たるクシミカタマの名を以ってオホナムチのサキミタマを祀ったものを考えられる

配神

大己貴神(オオナムチ)国造りの神・大国主大神であり、出雲大社の祭神として有名
・少彦名神(スクナヒコナ):大国主と共に国造りを行った神

境内社・関連施設

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社周辺には多数の境内社および関連施設があります。


関連知識

三輪山(大神神社の神体山)

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

三輪山(みわやま)は奈良県の桜井市にある山であり、標高467.1m、周囲16kmのなだらかな円錐形の山です。

『記紀』においては三輪山という表記は無く、御諸山(みもろやま)美和山三諸岳(みもろだけ)と記されています。

この三輪山は、古来より大物主が鎮まる神の山として信仰されており、縄文時代から原始信仰(自然物崇拝)の対象であったとされています。そのため、山中には神霊が鎮座するとされる巨石が点在しており、磐座(いわくら)と呼ばれて信仰の対象とされています(磐座信仰)。

なお、大神神社の古い縁起書には、頂上の磐座に大物主大神(おおものぬし)中腹の磐座に大己貴神(おおなむち、大国主)麓の磐座に少彦名神(すくなひこな)が鎮座していると記されているそうです。

ちなみに その神が鎮座する磐座は、実際に三輪山に登って参拝することができます。登山の受付は大神神社の摂社・狭井神社で行われており、受付時間は9:00~14:00(時間厳守)、下山報告は16:00(時間厳守)、登拝料300円(団体申込不可)、禁止事項多数という条件で入山可能とされています。

『ホツマツタヱ』による創祀伝承


ヲシテ」と呼ばれる神代文字で記された文献である『ホツマツタヱ』によれば、大神神社の創祀について、以下のように記述されています。

タケヒト(神武天皇)が東征を成し終えた後、橿原を都として新宮を造営させた。

その後、タタラヰソスズヒメ(蹈鞴五十鈴媛)を后とし、姫の父であるツミハ(積羽八重事代主神)をヱミスカミとした。

この際、アタツクシネ(阿田都久志尼命)を久米県主とし、社を造らせた。

上鈴56年10月20日に完成した社は、神を祀るオオミハカンナミ(大三輪神奈備)となった。

また、大三輪の神に因んで 君(タケヒト)の名もカンヤマトイハワレヒコノアマキミ(神日本磐余彦の天君)となった。

これをあまねく告げれば、上鈴56年サナトが橿原宮の初年としてカンタケ(神武天皇)の御代の大いなる幕開けとなった。

※内容をまとめるために原文を掻い摘んで加筆修正しています。

『ホツマツタヱ』は学術的な研究は為されていないものの、『記紀』の原典とも言われている文献とされています。この文献の内容を信用するならば、大神神社の創祀は神武天皇の即位と同時期(即位前年)であるものと思われます。

なお、同文献には『記紀』にある「大国主が三輪山に大物主を祀った」という件もあり、その内訳は「(大三輪神奈備成立以前に)オホナムチ(大己貴命・大国主)の前に、そのサキミタマであるクシヰワザタマが現れた際、青垣山に宮を建ててそこに祀った」とされています。

この「青垣山の宮」は三輪山の山頂にある高宮社であると考えられているようです。

※サキミタマ:肉体に宿っていない部分の上位神霊と解され、仕事を助けるとされる(いわゆる守護霊と類似する概念)

参考文献:ホツマツタヱ29文 タケヒト ヤマト打ちの文オオミハカンナミ(ほつまつたゑ解読ガイド)

境内の見どころ

一の鳥居(大鳥居)

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の大鳥居です。

昭和天皇の参拝を記念して昭和59年(1984)に建立されたものであり、昭和61年(1986)に完成したんだそうです。

高さ32.3m、柱間23m、総重量185t、耐久年数1300年を誇る、鋼板製の日本一の大鳥居とされています。

二の鳥居

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の二の鳥居です。

付近には自動車お祓所があります。

夫婦岩

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]
夫婦岩
人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]
夫婦岩の祀られる社

大神神社の夫婦岩(ふうふいわ)です。

二つの磐座が寄り添って並んでいることから、夫婦になぞらえられて良縁のスポットとして信仰されています。

中世には聖天石(しょうてんせき)とされ、夫婦和合・安産に霊験のある聖天と関連付けられていたとも伝えられています。

なお、神体を岩としているこの形式は、古神道(原始神道)磐座信仰(いわくらしんこう)と呼ばれています。


蛇の手水舎

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の手水舎(ちょうずや)です。

蛇口は文字通り「蛇の像」となっており、主祭神の大物主が蛇体で現れたという伝承にちなんでいるものと思われます。

なお、蛇像の中心にあるのは形状から「宝珠」だと考えられます。

しるしの杉

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社のしるしの杉です。

三輪の大神のあらわれた杉であり、古くから「神の坐す杉」とされていたそうです。

しるし」とは「示現(じげん)」のことで、神仏が時と場合に応じて種々の姿をとって現れることを指します。

なお、当初は「神杉」として信仰されていたすべての杉のことを指していたとされています。

衣掛杉

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の衣掛杉(ころもがけのすぎ)です。

僧の玄賓(げんぴん)が、三輪の神様の化身の里女に与えた衣が懸かっていたという伝説の杉です。

このことは、謡曲「三輪」で謡われた内容に由来しています。

巳の神杉

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の巳の神杉(みのかみすぎ)です。

三輪の大物主の化身の「白蛇」が棲むことから名付けられた御神木とされています。

そのため、蛇の好物の「」が参拝者によって供えられているそうです。

縄鳥居

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の縄鳥居(なわとりい)です。

柱に注連縄の掛けられた古いタイプの鳥居であり、拝殿の西側と南側にあります。

拝殿

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の拝殿です。

この拝殿は江戸中期(1664年)に造営されたものであり、それ以前は三ツ鳥居とそれに続く瑞垣が巡るに過ぎなかったとされています。そのため、拝殿を通して神体である三輪山を拝むという原初の祭祀を留めています。

なお、大神神社の参拝方法は一般的な神社とは異なり、「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守給(まもりたまえ)幸給(さきはえたまえ)」という鎮魂詞(いのりのことば)三度唱えて参拝します。

この祝詞自体は『日本書紀』の国づくり神話に由来しているものと思われますが、日本の和歌などで古来より用いられた「言霊(ことだま)」を活用した いわゆる真言の一種であると、個人的に思います。

そのため、唱えて拝む本人によってはそれなりに効果があると言えるでしょう(いわゆるプラシーボ効果を引き起こす効果があると思われます)。個人的な経験則ですが、大神神社で鎮魂詞を唱えて拝むことで怪我の痛みを引かせたことがあります。

三ツ鳥居(三輪鳥居)

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の三ツ鳥居(みつとりい)です。

神体山・三輪山と拝殿を区切る場所にあり、古来より本殿に代わるものとして神聖視されてきた鳥居です。

江戸時代に拝殿が建立されるまでは、人々は三ツ鳥居に拝んでいたとされています。

なお、拝観したい場合は参集殿で申込をする必要があります。

参集殿・祈祷殿・儀式殿

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社の参集殿・祈祷殿・儀式殿です。これらの施設の役割は以下の通りです。

・参集殿(さんしゅうでん):結婚式を奉仕する施設
・祈祷殿(きとうでん):日々の祈祷を行う施設
・儀式殿(ぎしきでん):儀式を行うための施設

なで兎

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社のなで兎です。参集殿の玄関にあります。

この兎は江戸時代より、一の鳥居前の大灯籠の火袋を守っていたものであると伝えられているそうです。

俗説では、撫でると運気が上がり、撫でた部分の体の痛みが無くなると云われています。

大美和の杜(恋人の聖地)

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]
展望台からの眺め
人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]
恋人の聖地

大神神社の大美和の杜 展望台(おおみわのもり てんぼうだい)です。

拝殿を北側に進んで行くと小高い丘があり、そこの頂上から三輪山および三輪の町並みを一望することができます。

また、「恋人の聖地プロジェクト」により選定されたデートスポットに認定されています。

くすり道

人文研究見聞録:大神神社 [奈良県]

大神神社のくすり道です。

病気平癒の神として知られる摂社・狭井神社へと続く参道となっています。

料金: 無料
住所: 奈良県桜井市三輪1422(マップ
営業: 終日開放
交通: 三輪駅(徒歩15分)

公式サイト: http://oomiwa.or.jp/


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