末多武利神社 [京都府]
2018/03/25
京都府宇治市にある末多武利神社(またふりじんじゃ)です。
平安時代の貴族・藤原忠文の怨霊を鎮めるために創建された神社とされています。
神社概要
由緒
案内板によれば、当社は平安時代の貴族・藤原忠文の怨霊を鎮魂するための祠とされています。
藤原忠文は、天慶2年(940年)に起こった平将門の乱の際に征東大将軍として東国に向かったとされますが、到着時には既に解決していたため、大納言・藤原実頼によって恩賞の対象から外されてしまったそうです。
忠文はこれを不服として辞任を申し出るも許されなかったため、実頼を深く恨んで死んでいったとされます。忠文の死後、実頼の娘と息子が相次いで死んだことから、忠文の祟りとの噂が起こり 悪霊民部卿と呼ばれるようになったそうです。
このことから、忠文の怨霊を鎮めるために当社(祠)の創建に至ったとされています。
祭神
末多武利神社の祭神は以下の通りです。
・藤原忠文(ふじわらのただぶみ):平安時代の貴族で、平将門の乱の際に征東大将軍となった。
境内の見どころ
鳥居
末多武利神社の鳥居です。
社殿
末多武利神社の社殿です。
奉納された石
末多武利神社に奉納された石です。
穴の開いた石が奉納されていますが、どのような慣習なのかは分かりませんでした。
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「日本神話」を研究しながら日本全国を旅しています。旅先で発見した文化や歴史にまつわる情報をブログ記事まとめて紹介していきたいと思っています。少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。
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